ダイジョーブじゃない手術を受けた俺196

『西東京トーナメントの決勝戦、因縁深い青道と稲白実業の試合が間もなく開始されます!』
 
 今日はあいにくの曇り空。
 ギラギラと熱線を降らせる太陽は分厚い雲に覆われて少しも見えなかった。
 最近は晴天が続いていたから今日みたいな曇り空だと気温が低く感じる。
 雨が降らないか心配だけど、予報では日が落ちるまでは大丈夫と言っていたのでそれを信じるしかない。
 
「あれ? お前、そんな御守り持ってたか?」
 
 すると、御幸が俺の鞄に付いていた御守りに目を付けた。
 
「ああ、これか。昨日夏川から貰ったんだよ。手作りの野球ボールストラップと一緒にな」
 
 鞄の金具の部分に御守りとストラップが引っ付けてある。
 俺でも知っているような有名な神社の御守りで、あんまり神様とか信じないけどせっかく夏川が買って来てくれたから鞄に付けることにしたんだ。
 御守りと一緒になっている手作りのストラップもよく出来ているし、マネージャーから貰った御守りなんてめちゃくちゃ御利益がありそうだからさ。
 今度何かお返しでもしようかな、と思っている。
 
「へぇ、可愛い趣味してると思ったらそういうことね。相変わらずモテモテみたいで羨ましいね」
 
「そんなに欲しいなら夏川に頼んでやろうか?」
 
「やめろ。余計惨めになるだけだ。てか、お前分かってて言ってるだろ?」
 
「バレたか」
 
 そんな風に御幸と話しているうちに、いつの間にか入っていた肩の力が抜けてリラックスしていることに気付いた。
 どうやら無意識の中で気を張り過ぎていたらしい。
 今から逸る気持ちを抑えておかないと試合の途中でバテちゃいそうだ。
 

 ……昨夜も監督から俺を先発で出すという言葉を聞いてから、興奮して中々眠れなかったくらいだし。

 あ、昨日の直談判は見事に成功した。

 でも試合中に調子を崩したり、バテてボールにキレが無くなれば監督は有無を言わせず俺を交代させるだろう。
 それどころかスタミナが切れそうなればクリス先輩に勘付かれて交代させられてしまう可能性もある。
 変なところで無駄な体力は使わないよう、ペース配分はちゃんと考えておかないと痛い目に合いそうだ。
 
 まあでも、要は最高のパフォーマンスを出し続ければそれで良いという簡単な話である。
 稲実打線を捩じ伏せて、得点を許さず、マウンドに立ち続ける限り、俺はこの試合でずっと投げられるのだから。
 
「御幸と一緒に暴れるのは次。秋大で、だな」
 
「ああ。その時はお手柔らかに頼むよ」
 
「ははは、心配しなくてもその時は全力でやるから安心していい」
 
 実際はリハビリ期間を考えると秋大に間に合うかどうかはかなり際どいけど、御幸なら何とか追い付いてきそう。
 もちろん無理をしているようなら俺が止めてやるつもりだ。
 その役目はきっと、俺にしか出来ないだろうから。
 
「見てみろよ向こうのベンチ。鳴がこっちを睨み付けてるぜ。女だけじゃなく男からモテてるなんて流石じゃん」
 
「男にモテても嬉しかねーよ」
 
 稲実のベンチに視線を向けると確かに成宮が睨んでいるようだ。
 成宮とちゃんと勝負するのは今回が初めてになる。
 ここで稲実と成宮をしっかり倒して頂点を目指させてもらうぜ。
 そろそろ西東京地区最強のピッチャーを決めておかないと、いくら俺が全国で暴れても高校最強のピッチャーを名乗り難いしな。
 
 俺が向こうのベンチに手を振ってやると、成宮は面白いくらいに顔を赤くして怒っているようだった。
 手を振っただけなのに飛んだり跳ねたり大忙しである。
 試合前だというのに元気なやっちゃで。
 こっちがあんまり興奮しないように気を付けてるってのに、あんなに楽しそうに騒ぐなんて成宮は余裕そうだ。
 
「成宮ってホントに同い年かと思うくらいからかい甲斐があるよな。稲実の他の選手たちからイジメられてないかちょっと心配だ」
 
「……あいつをイジるのはお前くらいだよ」
 
 そんなことを言いつつ一緒に手を振るお前も大概だぞ。
 ほら、成宮が更にヒートアップしてる。
 ベンチの中で暴れ始めたから向こうのキャプテンに押さえつけられているじゃないか。
 
 うんうん、元気で非常によろしい。
 
 
 
 ◆◆◆
 
 
 
「マサさん! あいつ絶対おれのこと馬鹿にしてるって!」
 
「分かったから少し落ち着け、鳴。興奮すればするほど向こうの思う壺だぞ」
 
 青道ベンチが粛々と臨戦態勢に入っている中、稲実側は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
 その中心にいるのはエースナンバーを背中に背負った成宮 鳴。
 言動こそまだまだ幼さが残る選手だが、その実力は南雲とも十分に投げ合えると評されることもある実力者である。
 同世代に現れた傑物同士、お互いに意識しているのは言うまでもない。
 
 両校の選手たちも、観客も、皆がこの直接対決を待ち望んでいた。
 
 成宮も本気で腹を立てているわけではない。
 現にその口元は試合が待ち切れないとばかりに好戦的な笑みを浮かべていた。
 
「あいつ絶対に泣かしてやるッ!」
 
 戦意は十分に高まった。
 二人のエースだけではなく、彼らを打ち崩そうと意気込む選手たち。
 この場にいる誰もが今日の試合でヒーローになるのは自分だと、闘志を漲らせている。
 
 名実共に西東京最高の試合が今、始まろうとしていた。
 
 

   

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