「ふんふんふーん♪」
決勝戦を明日に控えた前日、俺はこれ以上ないくらいの上機嫌で昼飯を食べていた。
ぱくぱくと口に運んでいく料理も心なしかいつもより数段美味しく感じる。
自然と笑みが溢れてしまい周りから変な視線が飛んでくるのを感じるけど、今の俺にはそれが全く気にならないほどの上機嫌っぷりであった。
「なぁ倉持、あいつどうかしたのか? ずっとあの調子で気色悪ぃんだけど」
「知らねー。お前ちょっと聞いてみろよ」
「俺が? やだよなんか怖いし」
そんな御幸と倉持の失礼な会話にも腹を立てることはない。
こんな程度で目くじらを立てるほど小さい男ではないのだよ、俺は。
「ふふふ、気色悪いとは心外だな二人とも。俺はこんなにも晴れ晴れした気持ちだというのに」
あぁ、果たしてこんなにも素晴らしい日がこれまであっただろうか。
目に映るもの全てが輝いて見える。
ありふれたこの沢庵ですら、俺の目には光り輝く黄金に見えるぞ。
……いや、それは流石に言い過ぎたわ。
沢庵は漬物でしかねーや、めっちゃ美味いけど。
「おい、南雲のやつ沢庵であんなに幸せそうにしてんぞ。やっぱ変なもんでも食ったんだって」
「食ってんのは沢庵だけどな」
俺がポリポリと漬物を食べているのを横目に、こいつらはさっきからずっとコソコソと会話している。
どうしても俺が上機嫌な理由が知りたいらしい。
まぁ、そろそろ言ってやっても良いかもしれないな。
実はこっちも早く言いたくてうずうずしていたのを我慢してたから。
「何があったか聞きたい? ねね、聞きたいよな? そんなに気になるなら教えてやっても良いぜ」
「はいはい。分かったから早く教えろ」
徐々に雑な態度になってきている二人の前に、俺は一枚の封筒を懐から取り出した。
「俺さ、実は……じゃーん! 見てこれ」
「んー、病院からの手紙か?」
「そそ。診断結果が届いたのよ」
「診断結果? お前どっか怪我してたの?」
「違う違う。俺は監督から定期的に病院で検査しろって言われてるんだけどさ、一度デカい病院で精密検査することになって、ついでに身体の状態も見てもらえることになったのね。その結果が、これ」
封筒の中からデカ目の紙を一枚引っ張り出す。
そこには俺の身長や体重から、全身の筋肉量や密度を計測した数値やらなんやらが書かれているのだ。
俺がえらく上機嫌だったのは、ここに書かれている身体能力値が一流ののアスリートと比べても遜色ないと太鼓判を押されていたからである。
診察を受けた病院がそういう検査もやっていたから、ちょっとした興味本位で受けてみればこの結果だ。
テストの点数なんてどれだけ高得点を取っても大して嬉しくないけれど、お医者さんから君はアスリートと同じ肉体をしていると言われたら流石にテンション上がるでしょ。
少なくとも俺は上がったぞ。
それはもう、鼻歌交じりにスキップしてしまうくらいにはね。
「へぇ、すげぇな。最近の病院はこんなこともやってくれんのか」
「みたいだな。俺も勧められるがままに受けてみたけど、まさかここまで詳しく身体の状態がわかるとは思ってなかった」
「あ、身長もあと数センチは伸びるみたいだぞ。良かったじゃん」
「なにっ、身長までわかんのか。すげぇな。てか、お前まだデカくなんのかよ」
ふふふ、そうなんだ。
どうやら骨端線というものがまだ閉じてはいないらしく、俺の身長はまだもう少し伸びると言われてしまったのである。
そうなると夢の190センチ台にも届きそうだ。
これも俺のご機嫌な理由のひとつだな。
「なるほど。これがお前が妙に機嫌が良かった理由か。確かにこの内容を見れば嬉しくもなるわな」
その通り。
今からこれを持って監督の所へ行き、あわよくば先発投手の役目をもう一度任せてもらえるよう交渉しようと思っている。
いつまでも落ち込んでいるのはキャラじゃないし、ここは初心に返って直談判という名のアピールが必要だろうから。
「そそ。まぁ身体能力云々はオマケで、重要なのは身体に異常が無いってとこだな。メンタルなんてとっくに復活しているから稲実戦でも十分に先発でやれるって説明しないと」
練習で俺が本調子に戻っていることは監督も知っている筈だ。
だからこそ、もう一押しあれば監督は俺を使う。
青道のエースは俺だから。
そして俺が、このチームをもう一度全国の頂点まで連れて行くんだ。
「ごちそうさん。んじゃ、俺は監督のとこに行ってくるから」
俺は速攻で食器を返却して監督がいる部室へと向かった。