ダイジョーブじゃない手術を受けた俺194

 キャッチャー役に宮内先輩を誘ったあと、更にアドバイザーとして御幸を仲間に加えて俺の自主練に巻き込んだ。
 あと二日もすればいよいよ稲実との決勝戦だ。
 それに備えて今から準備しておかないといけない。
 薬師戦での不甲斐ないピッチングを繰り返さない為にも、今から不安要素は出来るだけ排除しておきたいからな。
 ちゃんと監督の許可も取れたから心置きなく練習出来る。

 今日試合に出てたレギュラー組も既に自主練を始めていて、俺はちょっと出遅れていた。
 試合が終わってもすぐ練習を始めようとするのはもはや見慣れた景色ですらあるな。
 さっきからバンバン柵越えを連発している。
 これでも今日はコールドゲームじゃなかったから、監督が全員に過度な練習を禁止しているんだけどね。

「今日はよろしくお願いします、宮内先輩。御幸も気になることがあったらガンガン言ってくれ」

「フンス、任せておけ」

「あいよ」

 御幸は左手を怪我しているので当然ながらこの投球練習には参加出来ないが、外から客観的に俺のピッチングを見て気になった箇所の指摘をお願いした。
 ちょうど暇そうにしてたから声を掛けて連れて来たけど、御幸は誰よりも今の俺の球を受けて来たから、これ以上の適役は他に居ないだろう。

 ちなみに宮内先輩も頼んだら快く承諾してくれた。
 クリス先輩に頼んだ方が良いんじゃないかとも言っていたが、先輩には稲実の試合映像を見直したいからと先に断られてることを話すと嫌な顔せずに引き受けてくれたのだ。
 今度は俺が先輩の筋トレに付き合おうと思う。

「これから具体的に何を練習するつもりなんだ? 一応言っておくが、俺はお前の高速スライダーやスプリットは綺麗に捕球出来ないからな」

「今日は軽く投げるだけの予定なのでその二つは投げないっす」

「ふむ、それなら大丈夫だ」

 先輩とは中々タイミングが合わず、俺と一緒にピッチング練習する機会が少なかったので、直球はともかく変化球は完璧に捕球出来るとは言えない。
 宮内先輩は自分から御幸やクリス先輩に譲っている節があったしね。

 そして軽くキャッチボールをしながら徐々に肩を温めていき、十分に準備が整ったところで直球を中心に投げ込みを開始した。

 薬師戦が終わってからちゃんとしたピッチング練習は今日が最初だ。
 一球一球しっかりと感触を確かめるように、慎重に宮内先輩のミットに投げ込んでいく。
 すると思いのほかボールは走っており、頭の中にあるイメージとほぼ変わらない投球が出来ているようだった。
 これなら調整も簡単だろう。

「よしっ、良いボールが来てるぞ。その調子でどんどん投げて来い!」

「はい!」

 最後に登板した試合で無様な投球をしてしまっただけに、自分に何か変化があるかもと危惧していたけど、どうやらその心配はなさそうだ。
 変な癖が付いているだとか、イップスみたいにはなっていないようで一安心である。

 ただ、そうなってくると余計に問題なのは稲実との試合までに一体どういう練習をしていけば良いのか、ということだ。
 たった数日しかないので負荷が掛かるトレーニングは出来ない。
 分かりやすい課題であるメンタルを鍛える方法とか俺にはさっぱりだし、そういうのは一朝一夕で身に付くものではないだろう。

 そんなことを考えながら、とりあえず今日のノルマの40球をこなしてみたけど、やっぱり違和感みたいなものは一切無かった。

「先輩、受けてみてどうでした?」

「力強い良い球だった。コースも構えた所にしっかり投げ分けれているし、これなら監督も稲実戦で南雲に先発を任せてくれると思うぞ」

「あざっす。御幸はどうだ? 外から見て何か気になることあった?」

「こっちも特に問題なしだ。ただ……」

 そこで御幸は言い淀んだ。

「なんだよ。何かあるんならはっきり言ってくれ」

「俺が捕り損ねたあのフォーシーム。あれはただのフォーシームとは別のボールだった。でも、今日はそれっぽい球が無いなと思ってな」

「それって前に言ってたみたいなホップしてるってやつか? それともツーシームみたいなムービング?」

「いや、どっちも違う。俺が言っている変化ってのは縦とか横にじゃなくて、奥行き……まるでボールが加速したみたいに感じたんだよ」

「ほーん?」

 ボールが加速した、か。
 本当にそんな球が投げられるのなら是が非でも習得したいものだけど、そんなことが実際に可能なのかって疑問が残る。
 別に御幸のことを疑っているわけじゃないが、自分でもどんな球を投げたのか覚えていないから加速する直球なんてイメージが出来ないんだよな。
 それならむしろ、俺がヘンテコな癖球を投げたって言われたほうが納得できる。

「一応言っとくけど見間違いじゃないと思うぜ、多分。でなきゃ南雲の球を受け続けてきた俺がミスするわけねーし」

 そう言い切る御幸にはどこか自信が見え隠れしていた。
 さっきまで落ち込んでたくせにすっかり元気になりやがって。
 ようやくいつもの調子が戻って来たみたいだな。
 御幸はこのくらい上から物を言う方がしっくりくる。

「確かに試合中そんなボールが来れば捕球できなくても無理はない。むしろ、出塁を防いだのを褒めたくなるくらいだ」

 先輩の言葉に耳が痛くなる。
 俺だって意識してそんなボールを投げた覚えは無いんだけど。

「とりあえず今は手を出さない方が良いだろうな。完璧にものにするには時間が足りねぇし、少なくとも決勝戦には絶対間に合わないから」

「そだな。ひとまず忘れるとしよう」

 でも一応、あとで薬師戦の映像を確認し直そうかな。

 

   

スポンサーリンク

タイトルとURLをコピーしました