店内に入ってテーブル席に着くなり、オロチは店員を呼んで金貨を5枚渡した。
「適当に美味い料理を頼む。俺がもういいと言うまで作り続けてくれ。もちろん、足りなくなったら追加で払うから。いいか?」
「は、はいっ! かしこまりました!」
突然金貨を渡された店員の男は慌てて厨房に走って行った。
金貨が5枚というのは、成人した男が数ヶ月は遊んで暮らせるような額であり、とてもじゃないが一度の飲食店での利用で使う額ではない。
これ以上ない上客。
先ほどの店員が慌ててしまうのも道理である。
「来る料理以外で食いたい物があれば好きに頼んでいいぞ。俺の奢りだ」
「ありがとうございます!」
「きゅい!」
そして、注文してから数分ほどで第一陣の料理が運ばれてくる。
サラダやスープ、といった比較的に早く準備が出来るものから用意したらしく、メインというよりは前菜的な品ばかりだった。
腹を空かせている獣たちにとっては少しばかり物足りない。
運ばれてきた料理を見たブレインとコンスケが明らかに落胆した顔を浮かべると、店員は先ほどよりも慌てて『す、すぐに次の料理を持って参ります!』と再び厨房に戻っていく。
「まったくお前たちは。この料理はすぐに用意出来るから持ってきただけだろう。あまり店の人を困らせるんじゃない。それにほら、これも結構イケるぞ」
「おっと、これは失礼しました。……ふむ、確かに中々ですね。素材の味がしっかりと活かされている」
「……きゅい」
野菜よりも肉料理を好むコンスケには不評だが、意外にもブレインの舌は馬鹿ではないらしい。
大人しくサラダを口に運んでいる。
彼は元々農民の出自であり、食べ物自体に好き嫌いはないのだ。
ただ、肉を食べないと力が出ないので普段から肉多めの生活を送っており、先ほどは無意識のうちに落胆してまったのである。
「おいこらコンスケ、野菜も食べろって。……わかったわかった。それじゃあこれくらいは食えよ。その代わり、あとは好きなだけ他の物を食ってもいいから」
「きゅいっ!」
そうこうしている間にワゴンで大量の料理が運ばれてきた。
さっきの前菜の反応で大体の好みに当たりをつけたようで、どんなモンスターの肉かはわからないが、今度はどの料理からも食欲をそそる匂いを漂わせている。
香辛料がふんだんに使用されたこれらは、間違いなく高級品であろう。
「美味い! 美味いです師匠! ささ、師匠もどんどん食べましょう。おっと、コンスケさんも良い食べっぷりだ。俺も負けてはいられない!」
「きゅい!」
ずらりと並んだ料理を一心不乱に食べているブレイン……とコンスケ。
ブレインはナイフとフォークを使って最低限のマナーを守っているが、コンスケは器用に念力を使って食事をしていて、仕方ないことではあるが口周りがすっかり汚れてしまっている。
偶然入ったこの店はエ・ランテルの街の中でもそこそこの高級店だったようで、ナザリックで食べる料理と比べても、どれもそれなりに美味かった。
とはいえ、ここまで一心不乱に食べ進めているのを見ると呆れてしまう。
「コンスケはともかく、ブレイン。お前そんなにガッツかなくても、冒険者として活動しているなら好きな物はいくらでも食えるだろう?」
「んんっ……普段は質より量って感じで店を選んでいるので、こんな高級店には入ったことありませんよ。依頼の金は必要分以外、全部貯めてます」
「ふーん、意外と倹約家なんだな。何か欲しい物でもあるのか?」
「特にありませんね。強いて言うなら強くなれるアイテムが欲しいですけど、今はこの相棒があるので他の物に目移りする事も無くなりましたし。あ、良ければ授業料として全額師匠にお渡ししますよ? 結構貯まってますから」
「そんなもん要らん」
ブレインからの提案をにべもなく一蹴する。
見ず知らずの相手から一方的に搾取する、それなら特に抵抗は無い。
だが、曲がりなりにも弟子相手から稼ぎを掠め取るというのは、他ならぬオロチのプライドが許さなかった。
彼の中では一応ブレインも身内として認識されているらしい。
「そうですか……。では、しばらくはこのまま貯金ですね。何か掘り出し物があれば別ですけど」
「その軽薄な見た目にしては真面目な奴だな。……さて、そろそろ本題に入るか。食いながらでいいから聞け。俺たちが今日エ・ランテルに来たのは、お前に直接話があったからだ」
「話、ですか?」
「ああ。ブレイン、お前に絶好の修行場所を提供してやろうと思ってな。かなり危険な場所だが、そこを生き残れば間違いなく今よりも強くなれるぞ。なんせお前にとって強敵となるような相手がわんさかいる所だからな。ただ、別に無理にとは言わん。どうす――」
「行きます、行かせてください!」
死ぬかもしれない危険な場所と聞きながらも、迷うことなく行くという選択をしたブレインにオロチは少し驚いた。
いくら強くなりたいという願望があったとしても、即座に自分の命をベットに出来る者は稀である。
普通は行かない、もしくは葛藤するものだ。
ある意味狂っているとも言える。
「話はちゃんと聞いていたんだよな? この街でお前が普段受けている依頼よりも遥かに危険なんだぞ?」
「もちろんです、師匠。俺は死ぬつもりなんてありませんし、どんなに無様でも生き残ってみせます。例え死んだとしても、武を極める為に道半ばで倒れるのであれば本望。後悔なんて絶対にしません。むしろ、ここで行かない方が後悔しますよ」
ブレインの目には貪欲なまでの強さへの執着が宿っていた。
それを見たオロチは僅かに笑みを浮かべる。
自分の弟子なのだからこれくらいおかしい方が鍛え甲斐がある、そう思ったのだ。
「いいだろう。では、お前も連れて行ってやる。ビーストマンとの戦争に、な」
こうしてブレイン・アングラウスは地獄への一歩を踏み出したのだった。