「いてて……酷いじゃないですか、師匠」
殴られた頬をさすりながら起き上がってくるブレイン。
本気で痛そうにはしているものの、言ってしまえばその程度で済んでいる。
オロチとしては意識を刈り取るくらいのつもりで少し力を込めたが、どうやら加減を間違えてしまったらしい。
(……いや、こいつが強くなったのか。俺が渡した成長アイテムもちゃんと使っているようだし、あれくらいは耐えられるようになっていてもおかしくはない。よし、次はもっと力を込めてぶん殴るとしよう)
そこそこの力を込めたオロチの拳を受けて痛いで済んでいるあたり、相当モンスターを狩っていたようだ。
そろそろまともに修行でも付けてやるか、とそんな気持ちになるくらいには強くなっていた。
だからこそ次は確実に意識を刈り取れるくらいの力を込めて、殴る。
オロチは拳を握り締めて密かにそんな決意を固めた。
すると、自身に迫った命の危機を敏感に察したブレインは身体をビクッと震わせる。
「な、なんか悪寒がする気が……まぁいいか。そんな事より、久しぶりに会えると思って飯も食わずにすっ飛んで来たのに、感動の再会にしては痛すぎませんか? 俺、師匠を見たっていうやつから話を聞いて、すぐに迎えに来たんですよ?」
「しらん。そんなもんそっちの勝手だろ。それに人が目立たないように気を使って移動しているってのに、お前が大声で叫ぶから台無しだ。ほら、見てみろ。お前の所為でこんなにも注目されているだろうが」
「……それは師匠が殴り飛ばすから」
「あ?」
「なんでもないですごめんなさい」
華麗なジャンピング土下座を披露するブレイン。
オロチから発せられる圧倒的な威圧感の前では、今やエ・ランテル最強の冒険者である彼も、借りてきた猫同然であった。
変に口答えすれば今よりも威力が上乗せされた拳が飛んでくると、そう理解しているのだ。
しかし、それは周りの野次馬達にとっては恰好の的であり、次第にガヤガヤと騒ぎが大きくなってきていた。
注目されることは嫌いではないが、好奇の目に晒されるのは不愉快であるオロチにとって、非常に居心地の悪い状況と言える。
「とりあえず立て。周りの視線が鬱陶しいから移動するぞ」
「は、はい!」
そうして野次馬から離れ、歩きながらチラリとブレインの腰に差してある木刀に視線を向けた。
ボロボロとまではいかないが、所々にモンスターの血が染み付いており、かなり使い込まれているのが見てわかる。
(あの木刀の状態を見る限りでは、ブレインはそれなりにレベルが上がっているんだろう。適当な装備を渡せば、ビーストマンとの戦争でも案外あっさり生き残るかもしれないな)
この世界にもユグドラシルと同様に経験値やレベルというものは確かに存在していて、ブレインは成長をブーストしてくれるこの木刀をしっかり使っているらしい。
とはいえ、この木刀は壊れはしないが威力は見た目通り最低限、という武器である。
当然強いモンスターと遭遇してしまえば命取りになりかねない。
そんな物を未だに根気良く使っているのは、彼自身が持っている強さへの飽くなき向上心、というやつだろう。
「その木刀、使い心地はどうだ?」
「え、これですか? それがすっげぇ良いんですよ! 手荒に扱っても全然折れないし、それほど硬くないモンスターなら少し〝斬れる〟ようにもなりましたしね。もう相棒と言っても良いくらい愛用してます!」
「斬れる、か。少しはマシになったみたいだな。やるじゃないか、ブレイン」
オロチが素直に称賛の言葉を口にすると、ブレインはポカンと口を開けて頭でゆっくりと読み解いていく。
『やるじゃないかブレイン』。
その言葉が頭の中で何度もリフレインされて再生される。
「……あれ? いま俺、褒められた?」
「きゅいっ」
「や、やっぱりそうですよねコンスケさん! 俺、師匠のそのお言葉を一生忘れませんから!」
「そんなもん別に忘れても構わないんだが……。というか、あまり見ないうちに暑苦しさまで倍増していないか?」
「ありがとうございます!」
「……褒めてねぇよ」
思わず突っ込みを入れてしまうオロチ。
とはいえ、コンスケに対してさん付けするあたり、ブレインは自分よりもコンスケの方が立場が上だと思っているようだ。
その点は評価できる。
「はぁ、まぁいい。それよりも、今から飯に行くからお前もちょっと付き合えよ。さっきからコンスケの腹が鳴り続けていて、いつ涎を肩に落とされるかとヒヤヒヤしてるんだ」
「きゅい……」
指摘されて若干気落ちしてしまったコンスケに苦笑しながらも、オロチはもう一度ブレインに問い掛けた。
「で、そうする?」
「も、もちろんお付き合いします!」
そうして二人と一匹は近くの店へと入って行った。
一番喜んでいたのがコンスケなのは言うまでもない。