眠ってしまったコンスケをメイドに預けたオロチは、プルトンが待っている応接室へと向かった。
その顔はコンスケとの時間を邪魔された事で多少不機嫌そうにも見えるが、部屋に近づくに連れていつもの通りのものへと戻っていく。
プルトンという男は馬鹿でも無能でもない。
オロチがこうして会おうとしている時点で、個人的に好ましく思っている部分はあるのだろう。
だからこそ、直接会う価値があった。
(俺の方からも話しておきたい事があったしな。ちょうど良いと言えば、ちょうど良いタイミングではあったか)
それに加えて、彼にはブレインのことを伝えておく必要もある。
ブレインは防衛戦力として自分の代わりにエ・ランテルに置いている状態なので、予め組合長であるプルトンには了承を得ておかねばならないだろう。
プルトン・アインザックとの関係は、エ・ランテルに初めて来た頃から続いている。
この街にナザリックの拠点を構えている以上、プルトン……ひいては冒険者組合との関係を無闇に反故にするべきではない。
少なくとも今はまだ。
そう判断して、彼との話し合いに臨んだ。
「よく来てくれたな、プルトン。明日にでも顔を見せようと思っていたんだが、そっちから来てくれて助かった」
「ちょうど仕事がひと段落したタイミングでもあったのでね。それに、オロチ殿が街に戻って来たと聞けば私の方から出向くのが筋だろう」
冒険者組合の長であるプルトンと、未だに冒険者として籍があるとはいえ一国の王であるオロチ。
どちらの立場が上かは子供でもわかる。
プルトンからしてみれば自分から足を運ぶことは当然のことだった。
以前会った時よりも彼が丁寧な言葉遣いになっているのも、それが関係していると思われる。
「まずはこれを渡しておこう。オロチ殿からすれば大した物ではないが、この街で造られたワインだ。組合で出せる最大限の手土産を持ってきたつもりだが……あまり期待はしないでくれ」
丁寧な包装をされている所を見ると間違いなく高級品であろう。
組合で出せる最大限、その言葉に嘘はなさそうだ。
「気を使わせて悪いな。有り難く受け取ろう。ただ、安心してくれ。美味い酒なら何でも大歓迎だから、後でしっかり味わって飲むとするさ」
オロチは嬉しそうにそう言った。
実際、価値のある美術品などを貰っても嬉しくはないが、飲み食いが出来る物――特に酒であれば大歓迎である。
そしてその上機嫌なまま話を続けた。
「わざわざ出向いて来たという事は、何か俺に用でもあるのか?」
「いえいえ、特に緊急の用がある訳ではありません。この街を治めている貴族様が常日頃から、オロチ殿へ挨拶して来い、私も挨拶させろ、と煩く言ってくるものですからね。私の目的はこうして会えただけで完了しているのですよ」
「ふーん、なるほど。冒険者組合の長ともなれば、色々気苦労があるみたいだな。ただ、貴族との面会は無しだ。どうせ何の意味も無いものだろう」
「ははは……貴族というのは見栄を張らなければ生きてはいけない生き物ですから。今の王国ではオロチ殿を招いた、それだけで地位が上がったりするそうです」
「俺も一応竜王国の王となっているんだが、その考え方だけはよくわからん」
別世界からやって来た人間には到底理解ができない価値観だろう。
(……まぁ、権力者の威光にあやかるとでも考えれば少しは理解も出来るか。もちろん個人的には、もっと実益にこだわる方が良いと思うが)
貴族、それもリ・エスティーゼ王国の貴族達のお遊びに付き合うほど暇ではないので、ここはプルトンを体の良い風よけにでもしてしまえと本能が囁いた。
「そういう面倒な話についてはそっちで適当に対処しておいてくれ。こう見えて俺も今はそれなりに忙し――」
と、ここでひとつ妙案が浮かんでくる。
竜王国では現在、他国を行き来するゲートの設置計画が進められていた。
それの種まきをエ・ランテルでもしておこうと考えたのだ。
この街は地理的にも重要な土地であり、だからこそゲートを設置できればかなりの意味を持つことになる。
「オロチ殿?」
話の途中で相手が急に固まってしまい、プルトンは戸惑いの声をあげる。
「……やはり気が変わった。さっきのは無しだ。この街の領主とは近いうちに会う機会を作ろう。俺の方から出向くと言っておいてくれ」
すんなり意見を真逆のものにすると、プルトンは意外そうな顔を浮かべた。
「……よろしいのか? オロチ殿はあまりそういった事に関心が無いと思っておりましたが」
「関心が無いのはその通りだ。ただ、少し用がある。出来ればお前に話を通しておいて欲しいが、どうだ?」
「それは構いませんが、一体どういう心境の変化で?」
「まぁ、ちょっとな。お前にもそのうち話してやるさ。上手く話が纏まれば、今まで見たことない光景を拝めるだろう」
意味深に笑うオロチに若干薄ら寒いものを感じながらも、それをなんとか表には出さないように努める。
せっかく好感触のまま話し合いが続いているのに、自分の表情ひとつでへそを曲げられてしまえば最悪だからだ。
そんなプルトンの内心を見透かしたようにオロチが笑った。
「ただ、今は少し都合が悪い。先に片付けておかないければならない問題があるんだ」
「問題、ですか?」
「ああ。そして、そのことでお前にも話がある」
「……聞きましょう」
改まった態度で姿勢を正した。
オロチから何か無理難題を吹っかけられる、そう受け取ったのかもしれない。
「そう緊張するほどの事でもないさ。まだ具体的な日にちは決まっていないが、ブレインを一日か二日ほど借りたい。たった数日くらいならそれほど問題はないだろう?」
「ブレイン殿ですか……」
ブレインを街から連れ出すと聞き、プルトンが浮かべるのは当然険しい表情。
並みの冒険者では討伐できないモンスターの相手はほぼ全てブレインが受け持っているだけに、いくらオロチの言葉であってもすんなり返事を返すことは出来なかった。
「街が壊滅するとか、緊急性の高い問題が起これば連絡してくれれば良い。俺か、もしくは他の誰かを向かわせる。少なくともブレインよりは強い奴をな」
そこまで言われればプルトンに否やはない。
元より断ることなど出来なかったが、不安要素をここまで無くされてしまえば首を縦に振るのに全く抵抗はなかった。