再び大きな地響きを起こしながら、マーレが創り出した石の牢獄が崩れていく。
この牢獄を発現させた《クリエイト・プリズン・アース》という魔法は元々時間制限付きの魔法なので、こうして改変された森の地形が戻っていくのは当然である。
「……この規模の魔法となると、ああやって解除されるだけでもこれだけの迫力があるんですね」
ただ、地面から壁が這い出て来た時と同じくらい、それが崩れていく光景には言葉では言い表せない迫力があった。
その大地の轟きは遥か遠くの山々にまで響き、何羽もの鳥たちが慌てて木々から飛び立つほど。
「まぁな。高位のマジックキャスターなら割とそういう魔法は多い。発動までの時間が長いから戦闘中はあまり使う事が無いが、派手さなら剣士系よりも断然上だ。当然、詠唱時間が長くなれば強力な魔法も多くなっていく」
そう言ってオロチはポン、とマーレの頭に手を置いた。
「マーレくらいの実力ともなれば、それこそ効果が永続するような魔法すら操れる。もっとも、そんな強力な魔法を使う機会はほとんど来ないだろうが」
「えへへ。オロチ様にそう言って頂けるなんて嬉しいです」
無垢な笑みを浮かべている少女のようなこの少年は、こう見えて魔法ひとつで街を壊滅させる事の出来るマジックキャスターである。
その事実にブレインは畏怖と敬意を同時に抱いていた。
(この子、見た目よりずっと強いんだよなぁ。わかってはいたが、俺なんて一瞬で跡形も無く消されてしまうくらいの差があるんだ。恐ろしい子供だよ、まったく。師匠の周りには一体あとどれだけの猛者がいるのだろうか……)
未だ見ぬ強敵たちに想いを馳せ、彼は拳を握りしめて言い様のない高揚感を感じている。
「それで、お前たちの戦果はどうだった? 俺は途中で飽きて観戦に回ったからあまり各々の活躍ぶりを知らないんだ。思う存分暴れられたか?」
「はいはーい! 私とシズちゃんのチームは今回もすっごく頑張ったよ!」
「……頑張った」
オロチの問いかけに対して真っ先に声を上げたのは、クレマンティーヌ。
一番実戦に慣れているのは他ならぬ彼女であり、ペアを組んでいるシズも高い戦闘能力を有したプレアデスの一人だ。
そんな二人だからこそこの戦いでは当然のように暴れ回っていた。
だからこそ自信満々といった様子で名乗りを上げたのである。
「拙者たちの組みも多くのビーストマンを討ち取ったでござるよ」
「きゅいきゅい」
負けじと魔獣ペアも声を上げる。
戦闘力ではコンスケがいるこの組が一番優れているのだが、今回コンスケはほとんどハムスケのサポートに回っていたので他の二組と比べても良い勝負になっていた。
その気になれば森を丸ごと焼き払える術を持っているからこそコンスケなりに遠慮したのかもしれない。
「見てください師匠、ついに頂いた木刀が折れました!」
二組に負けじと、今度はブレインが布で包まれた木刀の残骸を差し出して来た。
レベルが一定になるまで経験値に補正を掛ける成長アイテム。
これが壊れたということは、ブレインのレベルが既定の値まで成長したという他ない。
「ほぅ、レベルがそこまで達したか。ひとまずこれでようやくスタートラインに立てたという感じだな。なら、気が向いたら新しい刀を用意してやる。だからもっと上を目指せよ?」
「は、はいっ! ありがとうございます!」
順調に育っているとわかってオロチの機嫌が良くなった。
まだまだ実力はユグドラシルの初心者レベルの域を出てはいないが、当初と比べれば雲泥の差だ。
彼がこのままどこまで強くなるのか、少しだけ興味が湧いてくる。
(あの木刀はたしかレベル三十になれば壊れるアイテムだったはずだ。なら今のブレインのレベルは少なくとも三十は超えている、か。ここからはグッと上がりに難くなるから大変だろうが、こんな所で止まっていてもらっては困るぞ?)
この世界の人類の中では限りなく最強に近付いた。
が、その程度では全く足りない。
(これでしばらくはヘルヘイムの開発に専念できそうだからな。合間の時間を利用して本格的にクレマンティーヌやブレインを鍛え直しても良いかもしれない。ま、いい加減雑魚の相手には飽きてきたし、とりあえず半年くらいはゆっくりしたい所ではあるが)
なんだかんだでオロチはそれなりに濃い日々を送っている。
刺激的な日常は望む所ではあるが、元々の引きこもり気質な性質は異形となった今でも健在であり、そろそろのんびりとした時間を送りたいという気持ちがあった。
もちろん、今もナザリックで激務をこなしているアインズには口が裂けても言えないが。
「さぁ、帰るか。皆、今日はご苦労だった。次もこの調子で頼むぞ?」
オロチの言葉に、この場にいる全員が大きく返事を返したのだった。