第一章【異世界転移編】鬼神と死の支配者1

「ついに今日が最後、か。なのに案外ログインしてる奴は多いんだな」

 今日はDMMORPG『ユグドラシル』のサービス終了日だ。

 数年前までは今とは比べ物にならない程の人気を誇っていたオンラインゲームだったのだが、どんなゲームもいずれは飽きられる。ユグドラシルであってもそれは変わらず、徐々にプレイヤー達が離れていってしまった。

 俺の所属しているギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーも例外ではなく、理由は様々だが結局今日までギルドに残っていたのは、俺とギルド長であるモモンガさんくらいだ。

 最終日ということでモモンガさんがメールを送っていたが、彼等がログインしてくることはおそらく無いだろう。

 所詮ゲームなんて現実に比べたらただの娯楽でしかない。

 どれだけの時間やお金をゲームに費やしたとしても、手元に残るのは思い出だけだ。だから、たかがゲームに本気になるなんて馬鹿のすること。人生において無駄にしかならない不必要な物だ。

 

 ――本当にそうか?

 

 確かに、俺は馬鹿みたいな金と時間をこのゲームにつぎ込んできた。それこそ他人が聞けば、呆れてしまうくらいには。

 しかし俺は全く後悔はしていない。今までのユグドラシルでの思い出は、俺にとって掛け替えのないものだ。

 素材集めの為に、高難易度のボスをギルドメンバーと一緒に徹夜で乱獲したり、限定ガチャに大金ぶち込んで爆死して笑い合ったり、アインズ・ウール・ゴウンを潰す為の連合を逆に叩き潰したりもした。

 一言では語り尽くせない程に、毎日が輝いていたんだ。

 ――だが所詮はゲームということなのだろう。

 徐々にログインしなくなっていく者、引退品を渡してゲームを去る者、ある日突然ログインしなくなる者、これらの共通点は全員二度と戻って来なかったという点だ。

 リアルが忙しいというのも、家族が大切というのも分かる。分かるが、少しくらいログイン出来なかったのか? 数分だけでも世間話するとか、それだけで良かったんだ。

 そんな風に徐々に活気が無くなっていくギルドを、モモンガさんは懸命に支えてくれた。

 俺はギルド運営なんて何も分からなかったが、手伝えることはなんだってやった。全盛期のアインズ・ウール・ゴウンは異形種プレイヤーの集まりというのもあり、かなりの数のギルドや個人のプレイヤー達と敵対していたため、最後の思い出にしてやるとばかりに激しい侵略に遭った。

 全盛期にはどれほど敵がいようとも負ける気がしなかったが、人数が減ってしまったギルドではかなりギリギリの戦いを強いられてしまう。

 それでもなんとか勝利したが、それを境にゲームを去る者がさらに増えてしまった。

 それでもモモンガさんは、いつか戻ってくるかもしれないからと言って、ギルドメンバーの装備やアイテムを丁重に保管しているし、俺たちの本拠地である『ナザリック地下大墳墓』だってモモンガさんが頑張ってくれたおかげで変わらずに維持できていた。

 それなのに、久しぶりにログインしてくれたと思ったら『まだ残ってたんですね~』なんて言う人もいた。どんな気持ちで俺やモモンガさんがナザリックを守ってきたかも知らないで……。

「まぁどうせ今日で最後だし、俺やモモンガさんのやってきたことは無駄だったってことか……」

 何を言おうが、何をしようが今日で全てが消える。

 みんなで作り上げたナザリック地下大墳墓、そこにいるNPC達、今俺が使っているキャラだって跡形もなく、ただのデータとして削除されるだろう。

 それでも俺は今日、最後のアップデートで追加されたボスをソロで乱獲したり、破格の値段で売り出されている装備やアイテムを買い漁ったりと、無駄だと分かっていても俺はこのユグドラシルというゲームを最後まで楽しんでいたかった。

 俺も装備やアイテムを叩き売りして、有り金全部を花火にでも変えようかと思ったが、今までコレクションしてきた物を手放す勇気が中々出ず、結局金を出してアイテムを買う側になっていた。まぁ、どれも本来の価値からすればタダ同然の値段だったが。

「あと30分、か。そろそろナザリックに向かわないと」

 サービス終了の瞬間はナザリックで迎えようという約束をモモンガさんとしている為、ナザリックに向かう。

 遠くの方で盛大な花火が打ち上がっていて、多くのプレイヤー達の騒ぎ声が聞こえてくる。なんだかんだ言ってユグドラシルは多くのプレイヤーに愛されていたということかな。

 自分が好きなゲームをこれだけの人に愛されていたということが分かり、俺は気分良く転移アイテムを発動させた。

 ◆◆◆

「ふざけるな! ここは皆で作り上げたナザリック地下大墳墓だろ! どうしてそんな簡単に捨てることが出来る!」

 ドン!と机を叩く音と普段声を滅多に荒げないモモンガさんの怒声が聞こえてきた。

 俺は今ナザリックへ転移してきたばかりで、モモンガさんがいる会議室に入ろうとしていた所だった。一瞬入るか迷ったが、入らないという選択肢なんて初めから無いことに気がつき、入室した。

「どうしたんですか? モモンガさんが声を荒げるなんてらしくないですよ?」

「……あぁ、オロチさんですか。恥ずかしい所を見られてしまいましたね」

 そう言ってモモンガさんは照れる様な仕草をしてこちらに体を向けた。

 照れると言っても、モモンガさんのアバターはアンデッドなので表情には全く変化は無いし、それどころか子供が見れば泣き叫ぶんじゃないかと思うくらい凶悪な顔をしている。

「ついさっきまでヘロヘロさんがいたんですよ。でも仕事が忙しいみたいで、少し話したらすぐにログアウトしちゃいました。ただ、その時に『まだナザリックが残っていたんですね』と言われてしまって……」

 モモンガさんの気持ちは痛いほど分かる。俺も何度もその言葉を言われているから……。

 ただ、ヘロヘロさんは無理してログインしてくれたんだ。感謝こそすれ、怒りをぶつけるのは間違っている気がする。それに何よりもユグドラシルの最後を、愚痴を言いながら迎えるなんて絶対に嫌だ。

「モモンガさん、あと少しでサービス終了です。最後は支配者らしく、プレアデス達でも集めて玉座で迎えませんか?」

 プレアデスというのは玉座の間を守っている戦闘メイドのことなのだが、俺たちのギルド『アインズ・ウール・ゴウン』は最後まで玉座の間まで攻め入られることは無かった。なので彼女らが戦闘を行ったのは俺が彼女らのレべリングのために外に連れ出した時くらいだ。

「それもそうですね。あ、じゃあ折角なんでこれも持って行きましょうか」

 そう言ってモモンガさんはギルド武器であるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを手に取った。

 この武器を見ると色んな思い出が溢れてくる。こいつを作るためにかなり無茶な狩りをして、その結果こいつの性能は、神器級でありながら世界級のアイテムにも匹敵するほどにもなったんだ……。

 まぁギルド武器の性質上、一度も戦闘に使用したことは無かったが。

 それでも間違いなくこのギルドの象徴にして、一番思い出が深い代物だ。モモンガさんも同じ気持ちなんだろう。過去を懐かしむようにギルド武器を眺めている。

 少しだけ過去を懐かしんだ後、俺たち二人は部屋を出て玉座へと向かう。

 その途中でプレアデス達を従えていき、玉座の前まで到着した。重厚な扉がゆっくりと開かれていき、やがて神聖な雰囲気の玉座の間が見えてきた。

 この部屋の左右には俺たちギルドメンバーの旗が、上には巨大なシャンデリアが飾られている。

 どれも精巧に作られているが、ここが完成してしばらくしたらこの場所に訪れるプレイヤーはいなくなってしまった。わざわざ玉座の間に来る理由が無いからな。

 でも、こんなに綺麗ならもっと来ておくんだったな……。

 そのまま玉座の方へと歩いて行ったが、モモンガさんがなかなか玉座に座らないので無理矢理座らせた。

 この玉座は俺なんかよりも、モモンガさんの方がずっと相応しい。誰よりもこのギルドを愛していたのは他でも無い、彼なんだから。

 そう伝えると小さな声で『ありがとうございます』と呟いた。少し湿っぽい雰囲気になってしまったな。適当に話題を変えないと。

「改めて見ると、アルベドもメイドたちも凄い凝って作ってありますよね」

「そうですね。皆さん、そういうのを作り込むのが好きでしたから……。特にタブラさんが作ったアルベドは外見だけじゃなくて、設定も凄かったはずですよ」

 そう言ってモモンガさんはアルベドのステータスを開いて、さらにそこからアルベドの設定分を表示させる。これはステータスには全く影響が無く、プレイヤーが自由に設定できるものだ。だが驚くことに、アルベドの設定文は見たことが無いくらい長々と書かれていた。

「うわぁ、これは凄いですね……」

「はい。タブラさんは誰よりも設定を考えるのが好きでしたか――」

 言葉の途中でモモンガさんが固まった。どうかしたのかと思いスクリーンを覗き込むと、アルベドの設定文の一番したの箇所に『ちなみにビッチである』という記述があった。あー、そういえばよくギャップ萌えがどうのって言っていたっけ。

 モモンガさんも流石にどうかと思ったのか、ギルド武器の権限を使ってビッチの部分を削除したようだ。

「どうせなら何か代わりに書いたらどうですか?」

「うーん。まぁ最後ですし、タブラさんも許してくれますよね」

 アルベドの設定の最後には『モモンガを愛している』に変更されていた。元々、アルベドはモモンガさんの愛人としてタブラさんが作ったNPCだし、きっとタブラさんも「これがNTRか!」と言って笑って許してくれるだろう。あの人の闇はかなり深いからな。

「でも、他のメンバーにバレたら永遠にイジられますね」

「それは怖い! これはみんなには秘密にしておいて下さい」

 その後も俺たちは笑いながら、残り僅かな時間を過ごした。そして、残されていた時間はあっという間に過ぎ、ついにサービス終了時刻になってしまう。

「さようなら、モモンガさん。また別のゲームで会いましょうね」

「はい、今までありがとうございました。また会いましょうオロチさん」

 俺は目を閉じてサービスの終了を待つ。

 ………………。

 …………。

 ……。

 あれ、おかしいな。システムの不具合か何かでサーバーダウンが延期しているのか? チャットもGMコールも、ログアウトさえ出来ない。どうなっているんだ……。

 モモンガさんも異変に気がついたようで少し焦っている。

「どう、なっているですかね。サーバダウンが遅れているだけじゃなくて、ログアウトも出来ない何て明らかに異常です」

 二人で色々と話していると、思いがけない所から声が掛けられた。

「至高の方々のお話しの途中に申し訳ありません。御二方は何やらお困りのご様子、良ければこのアルベドにお聞かせ下さいませんか?」

 …………は?

 

   

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