鬼神と死の支配者2

 ユグドラシルのサービス終了から数日が経過した。

 だが、俺たちはまだ現実世界に戻れていない。それどころか、どうやらユグドラシルのサービスが終了したあの瞬間、俺とモモンガさん、そしてナザリックとNPC達が一斉に異世界へと転移してしまったみたいなんだ。

 NPC達は、プログラムされた行動しか出来なかったはずなのに、まるで本当に生きているかのように行動するようになった。いや、彼らは確かに生きている。喜んだり悲しんだり、怒ったり泣いたり……。

 そしてNPC達に共通するのは、俺とモモンガさん――つまり彼らを作ったプレイヤーであるアインズ・ウール・ゴウンのメンバーに狂信と言っていいほどの忠誠を誓っていることだ。

 特にアルベドはそんな彼らの中でも一際目立っていて、怖いくらいの狂信に加え、モモンガさんに強烈な愛情を注いでいる。原因は最終日にアルベドの設定をイジったことだろうが、モモンガさんには是非、アルベドの気持ちに応えてやってもらいたい。

 そもそもアルベドは、モモンガさんの愛人という裏設定があるとタブラさんが言っていた。外見だってモモンガさんの好みを具現化したような女性だしな……外見は。

 問題があるとすれば、モモンガさんはアルベドの設定をイジったことに罪悪感を覚えているらしい。

「――気にしなくても良いとおもうけどなぁ」

「どうかなさいましたか?」

 俺の呟きにプレアデスの一人であるナーベラル・ガンマが反応する。

「いや、気にするな。ただの独り言だ」

 ナーベラルもゲーム時代は単なるNPCの一人だったが、今では人間のように考え、行動することが出来る。もっとも、ナーベラルは人間ではなくドッペルゲンガーという種族なんだが。

「オロチ様ー! 私もマーレも準備万端です!」

「お、お姉ちゃん、もう少しだけ待ってよ~」

 俺は今、第六階層にある闘技場で階層守護者のアウラ・ベラ・フィオーラとマーレ・ベロ・フィオーレの二人と模擬戦を行なっていた。

 二人は双子のダークエルフで、アウラは男装しているが女の子であり、マーレは女装しているが男の子……いや男の娘だ。これはこの子たちの趣味というよりも、製作者のぶくぶく茶釜さんの趣味だ。

「おいおい、さっき休み始めたばっかだろ? もうちょっと休んどけ」

 そう言って俺は、二人にストレージに入っていたお菓子を渡す。

 二人の精神年齢は見た目通りなので、渡した俺まで笑顔になるくらい美味しそうに食べてくれる。その後しばらく、ナーベラルを含めた4人で談笑しているとモモンガさんからの連絡が届いた。

『突然すいません、少し相談したいことがあるので執務室まで来て貰えませんか?』

『りょーかいです、すぐに行きますね』

 モモンガさん――いや、今はアインズ・ウール・ゴウンと名乗ることにしたんだったな。アインズさんは、ナザリックの支配者として相応しい振る舞いをしようと四苦八苦しているから、助けられることがあるなら助けてあげたいと思っている。

 俺が気楽にしていられるのもアインズさんのおかげだし。だからアウラとマーレには悪いが、アインズさんの所に行かせて貰うとしよう。

「悪いなアウラ、マーレ。アインズさんに呼び出されてしまった。この続きはまた後日でいいか?」

 アウラとマーレは一瞬残念そうな表情を浮かべたがすぐに切り替え、笑顔で送り出してくれた。ぶくぶく茶釜さんが作ったとは思えないくらい、本当にまっすぐで良い子たちだ。

 後のことをナーベラルに頼み、俺はリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使って闘技場を後にする。この指輪はナザリック内を自由に転移することが出来るため、かなり便利なアイテムだ。

 だが、敵対勢力に渡ればかなりまずい事になるので、もしナザリックの外に出るときは厳重に管理することを徹底するという決まりができた。

 指輪を使って転移した場所は執務室の扉の前。ここにアインズさんがいる。

「アインズさん、入りますよー」

 ドアをノックし、声をかけると『どうぞ』という声が返ってきたので中に入る。

 中に入るとアインズさんが遠隔視の鏡を操作している。遠隔視の鏡は、指定した場所の風景を映し出すことができるアイテムだ。だが、このアイテムは簡単な魔法で隠蔽されてしまうし、逆に反撃されてしまうのでユグドラシルでは微妙なアイテムだった。

「呼び出してすみませんでした、オロチさん」

「構いませんよ。それで相談ってなんですか?」

「それが――」

 アインズさんによれば、ナザリックの周辺にある村が現在襲撃されているらしい。それも野盗等ではなく、兵士の格好をした者たちに。

 それで、自分たちの戦闘力がこの世界においてどのくらいに位置するのかという検証と、この世界の情報収集を兼ねて助けに向かう事にしたようだ。

「なるほど、なら俺が行きますよ。見たところ大した戦力ではなさそうですし、もしも俺を倒せるような奴がいるのなら、他の誰が行っても無駄でしょう」

 現在のナザリックの戦力の中では、一応俺がトップになる。

 さすがに、アルベドやシャルティアを初めとした階層守護者たちを相手に圧勝する事は難しいだろうが、負けることも無いだろう。まぁ、普段は眠りについているルベドや8階層を守護する者たちには、ワールドアイテムを使わなければかなりの苦戦を強いられるだろうが。

「……本当に良いんですか? 確かにオロチさんが行ってくれるなら安心ですが、ここはユグドラシルではありません。万が一ということも考えられます」

 心配そうな顔……いや、骸骨だから顔は無いな。だが、アインズさんが俺を心配してくれているのは十分に伝わってくる。

「アインズさんが考えて俺が動く。俺がいつも好きに動けるのは、いつだってギルド長がサポートしてくれていたからです。多少の危険は承知の上ですよ。とは言っても俺が死んでしまったら、出来るだけ早く復活させて下さいね」

 俺だって自分の命が大切だ。でも、たった数日とはいえナザリックで過ごし、慕ってくれる者たちと接してきた。彼らは既にただのNPCではなく、一人一人が自我を持って生きている。そして俺はナザリックにいる配下たちの事を、本当の家族の様に感じていた。

 だから多少の危険くらいで尻込みするような事は無い。まぁ、死んだとしても復活する手段があるというのもあるんだけど。

 だからこそ、そういう手段を多く持っているアインズさんよりも、俺が行った方が結果的には安全だしな。

「……わかりました。では護衛としてシャルティアを付けましょう。オロチさんとシャルティアの戦闘力なら、ワールドエネミークラスの敵が現れたとしても、援軍を送るまでの時間は余裕で稼げるでしょうから」

 なるほど。確かにシャルティアと一緒なら大抵の敵は余裕で倒せるだろうし、そうでなくても協力すれば時間稼ぎくらいなら出来るだろう。まぁそれでも過剰戦力だとは思うが、せっかく護衛を付けてくれると言うのだから大人しく従っておこう。

 アインズさんに一言告げて、執務室を後にする。

「そうだ、早めにシャルティアを呼びに行かないと……」

 早いとこ助けに行かないと村が滅んでしまうからな。俺は急いでシャルティアに連絡を取り、装備を整えて俺の部屋まで来るようにと伝えた。

 さて、俺も色々と準備をしなければならない。先ほどアインズさんも言っていたが、万が一がある。犬死するのが俺だけならともかく、シャルティアを連れて行くのならば万全な状態で臨みたいからな。

 執務室の前に転移した時と同様に、ギルド内を自由に転移できる指輪を使ってナザリック内にある俺の自室へと転移した。

 もうずいぶんと見慣れてしまったこの部屋だが、家具の一つ一つが馬鹿みたいな値段の高級品だ。

 ちなみに、俺にはまったく価値がわからないんだが、今のナザリックの参謀であるデミウルゴスに見せたところ『どれもこれも素晴らしい物です! まさに至高の御方に相応しい品々と言えます!』と何やら感激していたので価値ある物なのだろう。

 そしてそんな家具の中でも一際存在感を放っている、刀を咥えた龍の置物に前に立つ。

 まるで、刀を守っているようにも感じるこの置物だが、俺以外がこの刀を取ろうとすればそのまま襲いかかってくるので間違いではない。

 一度だけ、俺と同じように刀を主武装として扱っている武神建御雷さんをこの罠にかけてみたが、結果は即死。例えギルド内であっても、俺以外が触れようとしただけで襲いかかってくる凶悪仕様だ。武神健御雷さんにはその後でめちゃくちゃ怒られたが……。

 なぜこれ程厳重に管理しているかというと、この刀の性能に問題がある。はっきり言ってしまえば強すぎるんだ。それこそ世界級アイテムクラスのバランスブレイカーとなるほどに。

 ユグドラシル時代には、強すぎてゲームがつまらなくなるから使っていなかったし、そもそも他のプレイヤーに奪われることを考えれば持ち出すこともできなかった。

 奪われた時の対処法はいくつか用意してあったのだが、それも絶対ではない。それに、そんな強力な武器を使わずとも、ほとんどの相手には負けることなんて無いので必要なかったんだよな。

 そんなイカれた性能の刀を掴む。すると龍の瞳が紅く光り始め、刀を咥えていた龍の口が開いていく。

「この演出も久しぶりに見たな……」

 当時数人のギルドメンバーとどういう演出にするかと話し合い、『こういうのはシンプルなのが一番なんだよ』というウルベルトさんの意見で今の演出となった。

 出た意見の中には、炎や毒を吐くとか、二分の一の確率で腕を噛みちぎるだとか狂気としか思えないものもあったので、ウルベルトさんには感謝している。

 刀を手に取り、鞘からゆっくりと抜いていく。

 妖しく輝く刀身が見る者すべてを魅了し、まるで武器ではなく芸術品のようにも感じる。しかし、うかつに触れれば指が豆腐のように切断されるだろう。

 途中まで抜いていた刀を、再び鞘へと戻す。するとキィン、と小気味好い音が響いた。

「おぉ……ゲームだった頃は納刀した時の音までは再現できなかったのに、こうして聞いてみると感動するもんだな」

 そのままこの刀を腰に差す。刀の銘は『夜叉丸童子』。普段使っている『童子切安綱』も装備したままなので、俺の腰には今二本の刀を差している状態だ。

 これで準備が整った、そう思ったとき、タイミングよく扉をノックする音とシャルティアの声が聞こえてきた。

「オロチ様。シャルティア・ブラッドフォールン、ただいま参上したでありんす」

「よく来てくれたな、シャルティア。早く入ってくれ」

 失礼するでありんす、と返事を返して入室する。そしてそのまま跪いた。

 シャルティアはピンクがかった銀髪に真紅の瞳、そして透き通るような白い肌をもつ人形のような可愛らしい少女だ。だが、シャルティアは階層守護者を任されるほどの実力を有しているので、見た目に騙されて彼女を侮れば、きっと後悔することになるだろう。

「オロチ様の自室へ呼ばれたということは、ついに⋯⋯ついに我が身を至高の御方に捧げることができるのでありんすね……! 」

 白い陶磁のような肌を赤く染め、少女の姿だというのに強烈な色気を放っている。現在の彼女は俺の指示通りフル装備なのだが、そうではなければクラっときたかもしれない。

「い、いや……そういうつもりで呼んだんじゃないんだ。実は――」

 俺はシャルティアにアインズさんから受けた依頼の内容を伝えた。

「あら、そうだったのでありんすね……。しかし、この身はいつでもオロチ様に捧げる準備はできているでんす。気が変わったら、いつでも仰ってくんなんし」

 そう言って、またもや妖艶な笑みを俺に向けてくる。……正直、このクラスの美少女にこれほどまでの好意を向けられると、つい流されてしまいそうになる。たとえ、それがNPCとして植え付けられたものであったとしてもな。

 俺自身、シャルティアを含めナザリックにいる配下を愛しているのだから。もっとも、それは今の段階では親が子供に向ける愛情なんだけどね。

「――大丈夫だとは思うが、俺たちの力がまったく及ばない敵が外にはいるかもしれない。それでも、ついて来てくれるか?」

「もちろんでありんす。わたしごときの力では、至高の御方の中でも最上位に君臨されていたオロチ様の役に立つかはわかりんせんが、この命に代えても守ってみせるでありんす」

 先ほどの妖艶な表情とは打って変わり、真面目な顔でそう言い切った。

 彼女たちNPCはこのように、プレイヤーである俺やアインズさんに絶大な信頼を向けてくれる。これほどまでに尽くされれば、愛しく思って当然だろう。

「ははは、それは頼もしいな。それじゃあ、俺の背中は任せたぜ、シャルティア」

『はい!』と元気よく返事をした時のシャルティアは、まるでパッと花が咲くかのような無垢で可愛らしい笑顔だった。

 

   

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