ネイバーの脅威から人類を守るために設立された組織――ボーダー。
彼らは異世界からの侵略者であるネイバーの技術を独自に研究、そして開発してきた。
そして今から2年ほど前に起こったネイバーによる大規模な侵略では、かなりの被害を出しつつも防衛に成功している。
もしもボーダーの存在が無ければ、侵攻を受けた三門市は今頃完全に焦土と化していただろう。
それを最小限の犠牲で留めることができたのは、彼らがそれ以前より研鑽を続けてきたからに他ならないのだ。
その大規模侵攻によって人類の敵がいることが世間に知れ渡って以来、ボーダーは表舞台へと上がり更に力をつけていった。
三門市は現在もネイバーの攻撃を度々受けているのだが、その度にボーダーがそれを阻止し、人類を護っているのである。
そんな人類の希望とも言えるボーダーだが、最近ではボーダー内部でとある都市伝説のようなものが出回っている。
――玉狛支部には強化人間がいるらしい、と。
◆◆◆
『ネイバーの出現を確認しました! 近くで待機している隊員は速やかに現地へ向かってください!』
その通信を受けた少年――六道 朧は即座に駆け出した。
いくら身体能力が底上げされるトリオン体とはいえ、それだけでは説明できないほどの加速でネイバーが出現したポイントに向かい始める。
朧は廃棄されている街の建物をパルクールの技術を利用し、ほとんど失速せずに最高速度を維持しながら移動していた。
こんな真似ができるのは、数多くのボーダー隊員の中でも彼くらいだろう。
いくらトリオン体であろうが普通の人間にはまず不可能な芸当である。
それこそ、人外の情報処理能力を持つ者にしかできまい。
そして、そんな超速度で移動した結果、朧はネイバー出現からなんと1分も経たずに現場へと到着した。
ネイバーを探す手間もなく、その巨大な姿を視界に捉える。
どうやら彼が一番乗りのようで、他の隊員の姿はまだ何処にも見当たらない。
つまり単独でネイバーの相手をしなくてはならないということだが、朧にとってこの状況はむしろ好都合である。
他者との連携が致命的にできない彼からすれば、自分の思うままに戦える今の状況はこれ以上ないくらいに戦い易いフィールドなのだ。
「……あれか。――こちら六道、出現ポイントに到着した。これより対象を排除する」
『え? あ、はいっ、ご武運を!』
あまりにも早くネイバーの出現ポイントに到着した朧に対し、担当のオペレーターは戸惑いの声を上げるが、朧はそれを気にした様子も無い。
所詮は即席のタッグである彼女に、最高の支援など端から期待していないのだ。
必要最低限の仕事さえしてもらえれば十分であると思っていた。
そして、朧はネイバーに対抗するための唯一の武器――トリガーを無言で展開する。
朧の右手に現れた武器は、拳銃。
だが彼の為に特注で作られたその拳銃は、通常のハンドガンとは比較にならないほど大きく、威力も数倍以上の破壊力を持ち合わせているバケモノ銃だ。
当然、そんなピーキーな代物を扱えるのは圧倒的なトリオン量と身体能力を有している朧くらいしかいない。
その高火力な銃と持ち前の人間離れした動き、それらを駆使して敵を圧倒する戦闘スタイルこそが朧の持ち味であった。
対するネイバーは、『バムスター』と呼ばれる種類のトリオン兵である。
三門市に頻繁に出現する種類のネイバーであり、主に人間を捕獲する役割があるタイプだ。
目的が人間の捕獲なので攻撃の威力はそこまで高くはないが、装甲が分厚く防御力は比較的高い。
このバムスターを一人で倒せるようになれば、ようやくボーダー隊員としてスタートラインに立ったと言える相手である。
そんなバムスターに対し、朧は猛スピードで接近した。
一般人では到底視界に捉えきれないほどの速度であり、鈍重なバムスターもその姿をまったく追い切れていない。
そして、朧はオプショントリガーの一つである『グラスホッパー』を使用し、空中に足場を出現させ、それを利用して空高く跳躍した。
2、3階建ての家程度の大きさであるバムスターよりも高く飛び、朧が持つ色素の抜けた白い髪の隙間からは、シルバーグレイの鋭い瞳がまっすぐバムスターを見つめていた。
そのまま空中でバムスターを見下ろしながら、右手に持った超大型拳銃の銃口を大きく開いたバムスターの口に向ける。
――ドッガァァァアアン!!
朧が銃の引き金をひくと、周囲に大砲が放たれたような爆音が響き渡った。
銃口から超速で発射された弾丸は一直線で標的まで飛んでいく。
それに反応することさえ許されなかったバムスターは、その攻撃によって弱点である口の部分に大穴が空き、活動を完全に停止してゆっくりと倒れていった。
もはや戦闘と呼べるほどの戦いではなく、一方的な破壊だ。
ネイバー出現からわずか2分弱という、あっという間の出来事であった。
するとオペレーターもネイバーの沈黙を確認したのか、作戦室との通信が再び繋がり、興奮したような女性の声が聞こえてくる。
『お、お疲れ様でした! 流石は玉狛支部の〝秘密兵器〟ですね!』
「っ…………」
秘密兵器、そんな何気ない一言に朧はピクリと眉を動かした。
しかし、オペレーターはそんな朧の様子に気づくことは無く、朧にとっては意味の無い言葉の羅列を並び立てていく。
どれだけ称賛しようと、どれだけ感嘆しようとも、今の朧には何も響かない。
むしろ鬱陶しいとさえ思ってしまい、久しく感じていなかった負の感情が浮かび上がってきそうになる。
「――今日の分のノルマは達成したから、俺はもう帰る」
『あ、はいっ。お疲れ様でした!』
オペレーターの話を強引に中断させ、そしてすぐにトリオン体を解除した。
こうすれば、これ以上耳障りな声を聞かずに済む。
今の朧には心を落ち着かせる時間が必要だ。
「兵器、か」
小さな声でポツリと呟かれたその言葉は、風の音でかき消されてしまった。