玉狛支部には強化人間がいるらしい。32

 林間学校を明日に控えている朧は、玉狛支部にある自室でその準備をしていた。
 ベッドの上に荷物を広げてそれをスポーツ鞄に詰め込んでいく。
 しかし、二泊三日の日程なのでそれなりに荷物の量も多くなっており、途中で徐々にやる気が無くなってきていた。

 今からでもサボるか?
 そんな考えが幾度となく頭を過っていくが、その度に千佳や出穂の顔が浮かんでしまい、渋々作業を再開させるというのを繰り返す朧。
 楽しみな気持ちもある反面、それと同じかそれ以上に面倒だと感じている。

 それに、林間学校に参加すれば三日間は玉狛の皆と会えなくなってしまう。
 一番嫌だと感じているのはその部分だった。

「準備はできた?」

 すると、様子を見に来たユリがドアからひょっこりと顔を出した。

「……半分くらいかな」

「フフッ、それじゃあ私も手伝ってあげるから早く終わらせましょ」

「助かる。ありがとう」

 断る理由はない。
 このままではズルズルと準備に掛かる時間が延びていくのは明白なので、手伝ってくれると言うのなら大人しく手伝ってもらった方が間違いなく早く終わる。
 そうして二人で準備を進めていると、大きなスポーツ鞄に着替えの服を入れながら、朧は思い出したように口を開いた。

「そういえば、なんで俺を学校に入れたんだ? 別にネイバーと戦っているだけでも良かったんじゃない?」

 ふと口にした疑問。
 ずっと不思議に思っていたが、自分が学校というコミュニティーに所属していることに、未だにどこか違和感を感じずにはいられなかった。

 もちろん、千佳や出穂がいる学校生活というのは思っていたよりも遥かに楽しいものだった。
 それでもつい思ってしまう時があるのだ。
 この場に於いて、自分は『異物』なのだと。
 ネイバーとの戦いでは感じたことがないその違和感が、どうしても拭うことができずにいた。

「朧くんの入学自体は本部の人たちが決めたんだけど、それを後押ししたのって、実は私なんだよね」

「どうして?」

「朧くんはさ、私と初めて会った時のことを覚えてる?」

 急に別の話題へと変わった事に目を丸くしつつも、ユリと出会った時のことを思い出していく。

「……あんまり覚えてない。あの頃は周囲の人に興味が無かったから、ほとんど喋る事も無かったし。あ、でもユリが良くしてくれたのは何となく覚えてる」

 当時、皆が遠巻きに自分を見ている中で、誰よりも早くユリが声を掛けてくれたことは今でも鮮明に覚えていた。
 初めて人の目を見て話したのは、もしかすると彼女が初めてだったかもしれない。
 その時のユリの微笑みは今でも印象に残っている。

「正直に言うとね、朧くんを一目見た時、少しだけ怖かったんだ。まるで刃物を突き付けられてるような感じがして、体が竦んで近くに居られなかった。でも、一緒に過ごしているうちに朧くんが優しい人だってわかってきたら、それを皆んなにも知って欲しいって思うようになったの」

 当時の朧を知る者はそう多くはない。
 だが、知っている者からすれば今の朧は別人かと思ってしまうほどに、穏やかな性格になったと口を揃えて言うだろう。
 今でも目つきは十分に鋭いが、これでも昔の朧と比べればかなり柔らかくなっていた。

 そして、ユリはそんな彼の本質に誰よりも早く気付き、受け入れたのである。

「そんな風に思っていたのか。でも、俺は別に……」

「もっと色んな世界を見て欲しい。ボーダーっていう小さな世界だけじゃなくて、他にもたくさんの物に目を向けてみてよ。きっとそれが自分の為にもなるから。学校も良いきっかけになると思ってるわ」

 だから中学校への編入に賛成したのよ、そう言って微笑むユリの表情はとても既視感のあるものだった。

「最近は表情が豊かになってきたね。やっぱり、同年代の子たちと過ごしているのが良い刺激になっているんだと思う。私は朧くんの笑顔が見たいんだ」

「笑顔……難しい。意識したこと、ないし」

「あれ、気付いてないの? 学校に通い始めてからの朧くんって、結構笑っている時があるんだよ?」

「俺が?」

 思い当たる節は全くなかったが、他でもないユリがそう言うのならその通りなのだろう。
 そうしている間にもユリはテキパキと手を動かしており、気付けばあっという間に準備を終わらせていた。

「はい、完了。それじゃあ旅行だと思って楽しんできて。土産話でも期待して待ってるからね?」

「……わかった」

 一瞬、僅かに寂し気な表情を浮かべたのをユリは見逃さなかった。
 ユリはそっと朧に近付き、優しく抱きしめる。

「大丈夫、待ってるから。安心して行っておいで」

「……わかった」

 

   

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