市大三高の選手がその場で泣き崩れている。
勝負を分けたのは9回の表、ラストイニングの攻撃で轟が勝ち越しの一発を放ったのだ。
打ち上がった時は高く上がったレフトフライみたいな当たりだったのに、風で押されたのか元々の打球に威力があったのか、その打球はギリギリフェンスを越えてしまったのである。
そして、市大三高はセカンドにランナーを進めるもホームに返すことは出来ず、最後は真田に三振を奪われる形で試合が終わった。
俺たちは都大会で市大三高に一度負けているので、その時の借りをこの大会で返してやろうと思っていたんだけど、それは次回へ持ち越しとなった。
「勝ったのは薬師、か。大番狂わせだな。轟は勿論だが真田も思っていた以上に厄介な連中だし、こりゃウチも相当気合い入れないと危ないぞ」
これで準々決勝でウチと戦うのは薬師に決まった。
御幸が言う通りジャイアントキリングを果たした彼らの勢いは決して侮れるものじゃない。
市大三高に勝ったのもただのマグレじゃないし、最後に競り合って勝ったという事実は薬師にとって大幅なプラスに働くだろう。
しかも、ほとんど注目されていなかった高校が強豪校を破って甲子園へ行くとか、いかにも観客が好きそうな展開だ。
轟のホームランで先制点なんて挙げられてみろ。
球場全体が一気に薬師を応援する空気になりかねない。
「……よし、決めた」
「どうした急に?」
ずっと黙り込んでいた俺が突然口を開いて驚く御幸。
そして、次の言葉で更に驚くことになる。
「次の薬師との試合、俺が先発する」
あいつの打撃能力だけを見れば哲さんにも見劣りしない。
他の打者はともかく、轟を抑えられるのは俺しかいないだろう。
今日の試合を最終的に無失点で切り抜けた真田がどれだけのイニング数を投げられるのか不確定な以上、こちらも出来れば失点は避けたいところだ。
そう考えるとやっぱりエースである俺が先発するのが一番良いと思う。
……でもまぁ、ぶっちゃけ俺が轟と勝負したいっていうのが一番大きいのだけどね。
轟 雷市の力強いあのスイングが、未だに脳裏から離れなかった。
あいつと勝負してみたい。
さっきエース云々って話を沢村にしたばかりであれだけど、今はそれだけが俺の頭にあった。
「おいおい。俺が先発する、って。そんなこと言っても最終的に決めるのは監督だろうに」
「何としても監督を説得するよ。んで、先発の座を掴んでみせるさ。今回は誰にも譲るつもりはないからな」
久しぶりの直談判といくか。
流石にここだとあれだから勝負は学校に戻った後だ。
監督のところへ直行してすぐに交渉を始めるとしよう。
「具体的になんて説得するんだ?」
「そこは一緒に考えてくれ。御幸に沢村、二人とも頼りにしてるぜ!」
「お、オレも!?」
俺は二人にがっちり肩を組みながらそう言った。
これぞ他力本願の極みである。
◆◆◆
監督を説得する為の理由を考えながら観客席を後にした俺たちだったが、途中で沢村がトイレに行きたいと言い出したので外に出るのが他の部員よりも出遅れてしまった。
何故か毎回バスに集合するの最後の方になるんだよね。
一体何故だろうかと思いつつ、少し急ぎ目でバスの場所へと向かう。
「ん? この音は……素振りか?」
しかし、急いでいた俺の足がピタリと止まった。
そこまで遠くない所から聞き慣れた音が聞こえてきたからだ。
物陰から音のする方へ顔を出してみれば、ついさっきまで試合をしていた轟が豪快なスイングでバットを振っていた。
その傍には薬師の監督もいる。
「残り100回。今日の打席をイメージして、それを体に染み込ませろ。それが終わったら走って帰るからな」
確か薬師の監督の名前も轟だったから、もしかしなくてもあの二人は親子なんだろう。
幼少期から親父にしごかれて来たってところかな。
並み大抵の努力ではなかった筈だ。
あんな迫力のあるスイングが出来るようになるまで、一体どれだけバットを振ってきたのか少し恐ろしくもある。
「あ、くるま らいちだ」
「轟 雷市な」
二人もひょっこり顔を出してきた。
御幸と沢村も轟のことが気になるらしい。
覗き見するのは趣味じゃないけど、ついつい二人の会話に耳を傾けてしまった。
「今日の二人は強かった。どっちもすごい気迫で、あんな闘志むき出しのピッチャーが全国にはいっぱいいるんだよな……」
「いるだろうな。だが、その前にまだとびっきりの怪物が残ってるぜ?」
「──南雲 太陽」
おっ、俺のこと知ってんのか。
「あいつは間違いなく高校No. 1ピッチャーだ。そんな奴を倒せれば、お前のプロへの道がグッと近づくぜ」
「すごく楽しみだ。カハハハ!」
そう言って再び素振りを再開する轟。
向こうもやる気十分みたいだ。
轟、俺もお前と勝負するのすげぇ楽しみだぜ。
挨拶がてら喧嘩を吹っかけてやるのも面白そうだけど、やっぱ試合で叩き潰してやる方がいいよな。
生意気な口を黙らせるのはその時で良いだろう。
「よし、バスに戻るか」
「えっ!? あの生意気な奴にガツンと言ってやらなくて良いんですか!?」
「ここで何か言うより試合でケリを付けるさ。な、御幸」
「そうだな。そろそろ行かないとマジで置いてかれそうだし」
「……確かに。あのボスならやりかねない」
そうして俺たちはその場を後にした。
バスに置いていかれることはなかったが、集合に遅れたことを監督に怒られたのは言うまでもない。