翌日の新聞では市大三高の敗北が大々的に掲載されていた。
優勝候補のひとつが3回戦で姿を消したことで、市大三高に勝った薬師が今大会の台風の目になることを期待されているようだ。
実際、今の薬師の勢いなら優勝してもおかしくはない。
市大三高と比べても総合力で劣っているのは薬師だったと思うし、その差を埋めるだけのものが今の薬師にはあるのだろう。
だけど、残念ながら薬師が優勝する未来はやってこない。
彼らは準決勝で敗退するからな。
他ならぬ俺たち青道に負かされて。
「そういえば先発の件はどうなったんだ? 監督に直談判しに行くって言ってから何も聞いてないけど」
「え、お前そんなことやってたの?」
倉持が驚いている。
俺は昨日、その日のうちに監督に直談判しに行っていた。
こういうのは早めに言っておいた方が良いと思って。
監督だって薬師の強さは想定外だった筈なので、その衝撃が収まらないうちに言った方が了承してもらえるかも、って下心もあったし。
「ああ、案外すんなり了承してもらえたよ。その代わり準決勝はベンチで待機になったけど、まあそれは仕方ないかな」
結果から言えば大成功だ。
しかも長期戦になると気合いを入れて監督室に行ったところ、思ったより早く交渉は終わった。
監督は監督で薬師を脅威だと感じていたらしい。
その場に居合わせた落合コーチが援護射撃してくれたのも大きかったかもしれないが、御幸と沢村の三人で考えた理由を伝えるまでもなくあっさり承諾された時は驚いたよ。
準決勝には出られなくなったけど後悔はない。
薬師との試合で投げられることに比べたら些細な問題だから。
どの道、フルで投げば次の試合には出られないと思っていたから大して驚かなかったしね。
「ってことは薬師との試合では南雲が先発するのか?」
「おう」
「ヒャハハハ、ようやくウチのエース様の本領発揮だな。点取りは任せとけ。コールドで終わらせてやるぜ!」
そう言って倉持はバンバン背中を叩いてくる。
喜びの裏返しだと思って大人しく受けてやるよ。
でも、出来ればコールドは勘弁して欲しいというのが本音だ。
せっかく轟と勝負できることになったのだから、フルで試合を楽しみたいと思わないでもない。
こんなこと絶対に口にはしないけども。
「そうなると準々決勝の薬師戦はともかく、準決勝は南雲抜きで戦わないと駄目か」
「今の青道には良いピッチャーが大勢いるからな。丹波先発にノリ、降谷と沢村だってかなり仕上がって来ている。薬師に勝った後の準決勝では俺の出番はないよ」
俺は薬師と決勝戦で当たるであろう稲実のことを考えていれば良いだけだから気楽なもんだ。
勿論、チームが負けそうならいつでも出れる準備はしておくつもりだけどさ。
「だな。俺も別に負ける心配はしてねーよ。よしっ、それじゃあ早速ブルペン行くか?」
「いや、ブルペンには行かない」
「え、なら今日は練習しないのか? お前のことだから身体を動かしておきたいのかと思ったけど」
俺の答えが予想外だったのか、御幸は意外そうな表情を浮かべた。
「もちろん投げるよ。でも、どうせなら薬師以上の打線を相手に練習した方が良いだろ?」
「……ああ、そういうことね」
お互いにニヤリと笑う。
薬師の打線は確かに脅威だ。
市大三高から最終的に4点も奪ってみせたのだから、打撃力という面では全国クラスと言っても良い。
薬師と点を取り合って競り勝てるチームはそれほど多くないだろう。
しかし、打撃を含めたあらゆる点で青道の方が上だと断言できる。
チームとして格が違うと言ってもいい。
つまり何が言いたいかと言うと……薬師戦の前の練習相手として、ウチのメンバーほど適している面子はいないってことさ。
「な、なんだよお前ら。その不気味な笑みは」
まだ分かっていない様子の倉持の肩に手を置き、『不気味』ではなく『素敵』な笑顔を見せてやる。
「薬師との試合でちゃんと打てるように、俺がみんなの練習台になってやろうと思ってさ。実戦形式のシートバッティングをしようと思うんだ。当然倉持も参加するだろ?」
「まぁ……そうだな」
「うんうん、なら早く行こうぜ。先輩たちも声かけたらきっと混ざってくれるし。ほら、御幸も行くぞ」
「あいよ」
くっくっく、俺が本気で投げればみんなろくに打てないだろうから、下手すれば調子を崩すことになるかもしれない。
みんなには思う存分俺の練習相手になってもらうとしよう。
ま、青道の選手には反骨精神旺盛な人が多いから多分大丈夫だろうとは思うけどね。
「……どっちが練習台かな」
ポツリと呟いた御幸の言葉は誰にも届かなかった。
そして、ベンチ入りメンバー全員が参加することになったシートバッティングは球数が80に達するまで行われて、たった2本のヒットのみという結果に終わった。
ちなみに打ったのは哲さんとクリス先輩である。
誰にも打たせないつもりで投げたから、打たれてしまったのがちょっとショックだったのはここだけの秘密だ。