ダイジョーブじゃない手術を受けた俺185

 5-0のまま試合は5回に突入した。
 俺はまだ薬師打線に未だ1本もヒットを打たれていなので、このイニングも三人で終わらせることが出来れば一番バッターである轟にまで打順が回ることはない。
 そうなれば次のイニングの頭に轟がくることになり、失点するリスクだけを見ればこの回も三人で攻撃を終わらせることが望ましいだろう。

 ただ、どんな状況でもバットを振り回してくる連中だからこそ、下位打線とはいえヒットを打たれる可能性も十分あった。
 今の俺はスタミナを出来るだけ温存するために、三振でアウトにするよりも打たせて取るピッチングを心掛けているから余計にな。
 ミスをしなくても打たれるときは案外あっさり打たれるものだ。

「……とか思ってたらホントに打たれちゃったよ」

 これがフラグというものなのかね。
 七番、八番バッターをサクッと打ち取ったものの、九番バッターに右中間のちょうど誰も居ない場所にポトンとボールを落とされ、この試合で初ヒットを許してしまったのだ。
 相手は球威に押し負けて完全に詰まっていたから、別に投げたコースが甘かった訳じゃなかったと思う。
 これは最後まで気を抜かずにバットを振り抜いたあの九番バッターを褒めるしかない。

 というか、これで完全試合が消滅してしまったことになるのか。
 狙っていた訳でもないけど、無くなったら無くなったでちょっぴり悔しい気もするな。
 ポテンヒットで出塁とか尚更に。

 ま、こればかりは運が悪かったと潔く諦めよう。
 むしろこういう状況で轟に回ったことで今まで以上に濃い内容の戦いが出来そうだし、何も悪いことばかりではない。
 そう考えると自然と笑顔になってしまいそうになるから不思議である。
 これでも初回以降でスコアに変動が無いのから、コールドはやめてくれという俺の願いが通じてしまったのかと密かに反省していたりするんだけどね。

「おーい、大丈夫か?」

 しばらく考え込んでいるうちに御幸がマウンドまでやって来ていたようだ。

「ん、御幸か。何しに来たんだ? 別に間を取るようなタイミングじゃないだろ」

「何ってお前がボケっとしてるから気合いを入れに来たんだよ」

「あー、ボケっとはしてないよ。ただ、気持ちを落ち着かせてただけだから」

 そうしないとエースとしての役割よりも投手としての本能を優先しちゃいそうになるからさ、とは言わなかった。
 轟との勝負を楽しむために、あえてピンチに追い込まれてみたりとか。
 勿論、さっきのバッターに打たれてしまったのは故意ではない。
 マジで運が悪かっただけだ。

「パーフェクトは崩れたが全然想定の内だ。次の轟に関しては……二打席目から少しずつ直球にタイミングが合ってきている。だからアイツには緩急差を使って追い詰めていこう。まだ脳裏にチェンジアップが残っているだろうから結構効くはずだ」

「ああ、りょーかい」

 返事を返しながらふと轟に視線を向けて見れば、あいつは今もワクワクしたような顔でバットを振っていた。
 轟は最初から変わらず、ただ野球を全力で楽しんでいるようだ。
 まるで自分の鏡を見ているようで、同類と出会えたことがたまらなく嬉しい。

 ドクン、と。
 それを視界に収めた瞬間、俺の中で枷が外れた音が聞こえた気がした。
 スイッチが切り替わったように頭がクリアになっていく。

「……ホントに大丈夫だよな?」

 少し怪訝そうな顔をしながらそう尋ねて来た。
 俺が負けるはずないだろうに、御幸は一体何をそんなに不安がっているのか。

「──大丈夫に決まってんだろ」

 俺は嗤いながらそう言った。

 ◆◆◆

「──大丈夫に決まってんだろ」

 そう言い放つ南雲に、多くの試合を共にして来た御幸は違和感を覚えた。
 自身に満ち溢れた表情なのはいつも通りだが、普段とは決定的に何かが違っていた。
 それが何なのかは上手く言葉で説明出来ない。

 しかし、御幸は半ば確信に似た感情を抱いていた。

 やはりこの勝負を避けた方がいいかもしれない。
 轟は危険だ。
 単純なバッティング能力は勿論だが、それ以上になぜか南雲に轟と勝負させてはいけないような気がしてならなかった。
 打席を追うごとに嫌な予感が強くなっていっている。

 御幸は意を決して話を切り出した。

「あのさ……」

「なに?」

 まだ何かあるのかと首を傾げる南雲を前に、思わず言葉に詰まってしまった。
 早く勝負させろと目で訴えて来ている気がしたのだ。
 既に南雲の気持ちは決まっており、ここで敬遠するなどと言えば反発してくるのは目に見えている。

 それも当然ではあった。
 今日の南雲は完璧に投手としての役割をこれ以上なくこなしているのだから。
 故に御幸は自分が今やろうとしていることが捕手として、彼の相棒として正しいのか自信が持てなかった。

「……あー、やっぱなんでもない。サクッと打ち取って試合を決めてやろうぜ」

 結局、御幸は何も話せず定位置に戻ってしまった。
 こうなった時の彼は頑固で、決して意見を変えることはない。
 であれば、まだ本人の意思を尊重して勝負させた方が遥かに良いだろう。
 エースを信じなくて何が相棒かと、御幸は自分を納得させて轟を打ち取る為の配球を頭の中で組み立てていく。

(でも本当にこれで良かったのか……?」

 だが、どうしても嫌な予感は拭いきれずに強くなる一方だった。

 

   

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