仙泉高校との試合当日。
怪我をしている御幸と前回の試合で登板した俺はベンチだ。
この準決勝では丹波先輩が先発、リリーフとしてノリ、そして状況に応じて一年生の起用もあり得るとの方針を昨日監督の口から聞かされている。
だから俺以外の投手陣はいつでも投げられるように準備をしているし、先発である丹波先輩は一人で投げ抜くつもりなのか入念にアップをしていた。
俺と御幸はその様子をベンチから見て、時折声を出しながらチームを盛り上げようとしている。
そして、青道の先攻で試合が始まった。
向こうのマウンドに上がったのは、『大巨人』真木 洋介。
俺よりもデカい身長から繰り出される直球とカーブはかなり厄介なボールだ。
ただ、直球はMAX150キロに届かないくらいだし、カーブもキレがあると言っても決してウチの面子が打てないレベルではない。
勝負はあの巨人をどう攻略するかが鍵になりそうだな。
早い段階で先制点を挙げられれば、投手層の厚いウチがかなり優位に立てる筈だし。
こっちには控えに三人の投手がいる。
ノリはもちろん、一年生2人も今や立派な戦力なので向こうが投げ合いでウチに勝つことは恐らく無いだろう。
仙泉にも控えの投手はいるが、真木と比べるとどうしても数段劣る。
ブルペンでの投球を見る限り丹波先輩の状態も悪くないし、本当に一人で投げ切ってもおかしくない。
キャッチャーにはクリス先輩が選ばれ、他の野手陣も前回と同じスタメンが揃っている。
真木のピッチング次第ではあるけど、あの巨人を早い段階で打ち崩せればコールドゲームだって十分にあり得そうだ。
それと、試合には直接関係ないが……増子先輩の頭が大変なことになっている。
チラッと先輩がいる方向に視線を向けると、ちょうど汗を拭う為に帽子を脱いだところだった。
太陽の照らされキラリと光るその頭には髪の毛が一本も生えていない。
今朝、バリカンで剃る時にミスってツルピカになってしまったらしい。
もう笑い尽くした後なので大丈夫だけど、あんまり見すぎていると堪え切れなくなるのでそっと視線を戻した。
ふと、そこで御幸の左手が目に入った。
「なぁ御幸。お前のその左手、ちゃんと治るんだよな?」
「急に何言ってんだよ。治るに決まってんだろ。甲子園にはちょっと間に合いそうにないけど、秋大には復帰するから心配いらねーよ」
笑顔でそう答える御幸だが……あの日から少しだけ元気がなくなった気がする。
本人曰く心配はいらないそうだけど、俺にはどこか焦っているように見えた。
◆◆◆
初回から激しい投手戦が繰り広げられ、丹波と真木はお互い一歩も引かずに失点を許さなかった。
ただ、二人とも似たタイプの投手であるが故にはっきりと分かってしまうのが、チームの打撃力の差である。
仙泉高校は間違いなく強豪校のひとつであり、ここまで勝ち上がって来たのも決してまぐれや偶然などではない。
この試合でもいずれ丹波から点を奪うくらいの得点力も十分にあるだろう。
しかし、青道は全国制覇を果たしたチームなのだ。
全国の猛者を相手に勝ち進み、高校野球の頂点に立ったのは伊達ではない。
青道には打撃力に定評のあるメンバーが揃っており、青道と仙泉のスターティングメンバーをそれぞれ比較すれば、どちらのチームの方が得点力があるのかはこれまでの成績を見れば一目瞭然だった。
そして勝負が動いたのは、4回の表。
初回から続いていた均衡を打ち破ったのは、五番バッターの伊佐敷だった。
◆◆◆
四番の結城がツーベースヒットを放ち、無死二塁で絶好のチャンスという場面。
ここでランナーを返すことが出来れば試合の流れを作り、この回で一気に畳み掛けることも可能になる。
そんな重要な局面に回ってきたのは、五番の伊佐敷 純だった。
「しゃッ! 行くぞオラァ!」
ネクストバッターズサークルから立ち上がり、彼の応援歌である『宇宙戦艦ヤマト』のテーマソングを聞きながら全神経を集中させる。
相手を睨み付けるように鋭い視線を飛ばしながらも、頭の中ではこれまで真木が投げたボールを思い返していた。
高いリリースポイントから降り注ぐ力強い直球。
同じく高いところから落ちてくるカーブ。
薬師との試合の後、今日の為に対策を立てて練習して来た。
打てない道理は無い。
キャプテンである結城が出塁したのだから同じ三年として自分も後に続いてみせる、と伊佐敷はバットを強く握って真木のボールに備えた。
(狙うは初球。まっすぐだ!)
そのボールは僅かにストライクゾーンを外れてインコースに入って来た。
伊佐敷の打ち気をバッテリーに悟られたのかもしれない。
しかし、彼にこの程度のボール球を投げるなど迂闊としか言えない失策である。
「──ぅ、ラァァアアアッ!」
インコースに入って来たボールに対し、伊佐敷は身体を捻り強引にバットをフルスイングして思い切り叩き返した。
確かな手応えと同時に快音が響く。
無理な動きをした所為で身体が悲鳴を上げるも、それを気合いでねじ伏せながら一塁ベースへと走り出す。
打球は左中間を破ってフェンスまで転がっていた。
レフトが中継にボールを送球した頃には、二塁ベースに居た結城はホームに生還していたのだった。