薬師との試合から一夜明けた。
まずは御幸の怪我について。
診察の結果、やはり親指の骨が折れているらしく全治3週間とのことだった。
少なくとも決勝戦には絶対に出場出来ないし、その先についてもリハビリ期間などを考えれば2、3ヶ月は前線から遠ざかるだろう。
俺が投げた球で怪我をしたので、ぶっちゃけかなり責任を感じていたんだが……そこは改めて御幸から否定された。
『サイン通りの球を捕り損ねたんだからあれは俺のミスだ。責められることはあっても謝られることはねーよ』ってな。
むしろ御幸の方が落ち込んでいるようだったので気付けば途中から俺が励ます側になっていたくらい。
俺と同じかそれ以上に御幸も悔しい思いをしていたみたいだ。
まぁ、かなり反省点が多い試合だったが、俺はこれ以上この試合のことを引きずらないことにした。
無様に2失点のツーランホームランを打たれた上に、後半で制球が乱れてギリギリの投球をしてしまったこととか。
もちろん反省すべきところは反省する。
その上で変に引きずることはせず前に進むつもりだ。
「おっ、昨日よりずいぶんマシな顔になったじゃねぇか」
俺がグラウンド準備運動していると、そこに練習着に着替えた倉持がやって来た。
「この薄情者め。友達がヘコんでるのに励ましにも来ないなんて、お前がそんな奴だとは思わなかったぞ」
この男、試合中も試合が終わった後も俺に声を掛けて来なかったんだ。
落ち着いた後にそれを思い出した。
先輩達はちゃんと声かけてくれたのに、こいつはフルシカトしやがったのである。
「ヒャハハハ、お前がらしくねーピッチングしてるのが珍しくてさ。あの時はちょっとくらい落ち込んだ方が良いと思ったんだよ」
「なんでさ」
「その方が復活した時に大きく成長できんだろ? お前ならどうせすぐ立ち直るだろうって思ったしな」
「……ふーん」
完璧に納得できる訳でもないけど言いたいことはなんとなく分かる。
高校に入ってからは大きな失敗は一度も無かったからな。
今だから言えるけど、ことが順調に行き過ぎていつの間にか危機感みたいなものが薄れていたような気もするし。
いや、でもやっぱり完全に納得は出来ないよな!
「そんな顔すんなって。今度学食でも奢ってやるからよ」
「青道スペシャル丼なら許す」
「ヒャハハ、いいーぜ。これでチャラな」
飯を奢ってくれるなら全てを水に流そう。
俺のことをちゃんと考えてくれたみたいだし、薄情者でもなかったようだからね。
我ながらちょろい。
上手く丸め込まれた気もしないではないけどまあ良いだろう。
「そうだ、もう聞いたかもしれないけど次の相手は仙泉高校らしいぜ」
「仙泉か。確か去年も戦ったとこだよな。真木って長身のピッチャーがいたのを覚えてる」
真木は高身長を活かして高いリリースポイントからキレのある鋭いカーブを投げてくる投手だ。
巨人とか呼ばれているだけあって身長は俺よりも高い。
前回対戦した時よりも色々と成長してそうだ。
ただ、恐らく俺の出番は無いんだろうな……。
早く名誉挽回のチャンスが欲しいところだ。
◆◆◆
南雲が前を向いて歩き始めていた頃、青道の首脳陣の間では不穏な空気が流れていた。
「──むしろ心配すべきは南雲ではなく御幸の方でしょうな」
そう言ったのは落合だ。
「あの時の南雲は確かに何かが違っていました。しかし、概ね御幸のサイン通りの投球をしていたと思います。その上でミスをしたのは、御幸の方だ」
落合は険しい表情のまま続ける。
「捕手としてこれ以上ないほど屈辱でしょう。自分のミスの所為で投手の調子を崩してしまったのだから」
そう、あの試合で南雲はある種の成長を見せていたのだ。
轟という超高校級のスラッガーと対戦することで、普段よりも深く、異常なまでに勝負の世界に入り込んでいた。
あのまま続けていれば南雲の選手としての壁を2、3枚ぶち破るほどの成長を果たしていた可能性があった。
それを落合は、長年の指導者としての経験から察知していたのである。
「……どちらにせよ御幸は怪我によって、この夏チームに復帰することは出来ません。監督としては情けないが御幸の強さを信じるしかないでしょう。今の三年生が引退した後、新チームに御幸は必ず必要です」
今のチームが歴代でも最高のチームだと片岡は自身を持って答えられる。
だからこそ、今の中心選手が抜けた後の不安がどうしても残ってしまうのだ。
今は先のことよりもこの夏を最後まで戦い抜くことが大事だと頭では分かっていても、考えられずにはいられなかった。
未来に対する不安要素を抱えたまま、青道は準決勝の戦いへと赴くのだった。