ダイジョーブじゃない手術を受けた俺193

 青道が仙泉高校に勝利したその瞬間を、御幸はベンチから目に焼き付けていた。
 本来なら自分もこのグラウンドに出て降谷の球を受けている筈だったのだが、今の御幸は控え選手ですらなく、ただベンチで応援することしか出来ないことに何も感じない訳がない。
 自分のミスによって怪我を負い、その所為で野球がしばらく出来なくなり、おまけにその試合では勝ったもののチームを危険に晒すきっかけを作ってしまったのだ。
 しかも、そのミスの原因が相棒を信じきれなかったことが要因となれば、彼が自分を責めてしまうのも無理はなかった。

(あの時、南雲は最高のピッチングをしていた。試合の中で確実に成長していたんだ。それを俺が……ぶち壊した)

 普段から南雲は針の穴を通すような完璧なコントロールを維持している。
 だからこそあの薬師戦で明らかにサインと違うコースに来た際、それが意図的なものなのかと疑ってしまったのだ。
 突然の変化に戸惑ってしまうのも無理はないのだが、数日経った今でも本人は簡単に割り切れずにいた。

 もしも南雲を信じていれば、あの予想外な変化を起こしていたフォーシームだって捕球出来ていたかもしれない。
 そう考えると御幸は自身を責めずにはいられなかった。

「整列だ。行こうぜ、御幸」

「……ああ」

 試合中は心の底からチームメイトを応援していた筈なのに、こうして終わってみると何か違和感のようなものが燻ってしまう。
 チームが勝って嬉しい、その気持ちに嘘はない。
 だが、根っからの野球人である御幸はやはり自分が試合に出て戦いたかったと思ってしまうのだ。

『ありがとうございました!』

 試合が終わり、そんなモヤモヤした状態のまま学校に戻って来た。
 8イニングを一人で投げ抜いた丹波は流石に疲労困憊といった様子だったが、他の選手はまだまだ元気が有り余っているようで、選手たちは我先にとグラウンドで自主練を始めた。

 ただ、怪我をしている御幸はそれを見ているだけしか出来ない。
 誰もが前を向いている中、まるで自分だけが取り残されたような疎外感を感じてしまう。

 もどかしい。
 仲間たちは今も成長し続けているというのに、自分はそれを指を咥えて見ていることしか出来ないのだから。
 医者からは止められているが、軽い運動程度なら多少無理をしてでも練習に参加しようかと本気で考えていた。

「どうしたよ、御幸。暗い顔なんてしてさ」

 そう声をかけて来たのは、弱気になっているところを一番見られたくない相手だった。

「南雲か。いや、別になんでもねぇよ」

「なんでもないってことはねぇだろ。最近、お前ちょっと様子が変だし」

 南雲はそう言ってどかっと隣に腰を下ろした。
 彼は妙に勘の鋭いところがあるので簡単には言い逃れ出来そうにない。

「疲れてるのかもしれないな。ほら、この暑さだし」

「──お前さ、あの試合のことまだ引きずってるんだろ」

 つい適当な理由を口にしたところ、いきなり核心を突かれて御幸は思わず面食らった。
 そして図星だと見抜かれて呆れたようなため息を吐かれる。

「き、急になんだよ」

「前にも言ったと思うけど、正直あの日のことはあんま覚えてないんだ。気付いたらお前が蹲ってたから。だから、本当ならこんなこと言える立場でもないけど……ゆっくり怪我治して追い付いて来いよ。俺はまたお前にボールを受けて欲しいからさ」

 まっすぐ目を見ながらそう言う南雲。
 試合以外ではほとんど真剣な表情なんて見せないのに、今まで見たことないくらい真面目な顔をしていた。

「……はぁ。降参だ。怪我して一人だけ練習にすら参加できねーんだぜ? そりゃ俺だってヘコむさ」

 相棒を、南雲を最後まで信じられなかったことが落ち込んでる一番の理由、とまでは言えなかった。
 だがそれでも御幸にとって、それは限りなく本心に近い言葉だった。

「そっか。やっぱお前、あの試合のこと俺よりも気にしてたのか。なら俺の自主練に付き合ってくれない? ちょうど良い気分転換になると思うし」

「自主練?」

「そそ。キャッチャーは宮内先輩にやってもらうんだけどさ、フォームとか球のキレとかを客観的に見てくれる奴を探してるんだ」

 南雲のピッチングを一番多く見てきたのは御幸である。
 アドバイスを求めるならこれ以上の相手はいない。
 御幸としてもこのまま何もしないでいるより、南雲の練習を手伝っている方が気が紛れて良いと思った。
 それに、復帰した時の為にも南雲の球に目を慣らしておく必要があるだろう。
 そう思って御幸は首を縦に振った。

「そういうことなら……いいぜ。付き合うよ」

「助かる」

 楽しそうに笑う南雲を見ると御幸は心が少し軽くなった気がした。
 悩んでいる自分が馬鹿らしくなるくらい彼は野球を楽しんでいたから。
 もしかすると南雲はここまで考えて自主練に誘ってくれたのかもしれないと、軽い足取りで少し先を歩く南雲の背中を見ながら御幸はそんなことを思った。

「お前と一緒に野球がしたいって気持ち、去年からずっと変わってねぇからな」

 そして、いつも自主練に使っている屋内練習場に移動中、南雲から不意にそう言われた。
 その言葉が妙に安心感を与えてくれる。
 焦らず、しっかり怪我を治せと念を押されているようで、練習に参加しようという考えを見透かされたのかと思わず苦笑いしたのだった。

 

   

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