プロローグ1

 明日はいよいよ中学最後の大会が始まる日だ。
 これで3年間の努力が全て決まると思うと、色々な感情が込み上げてくる。
 マウンドに上がるのが待ち切れないくらい楽しみな反面、そんな幸せな夢が終わってしまいそうで……その瞬間が来るのが少しだけ怖い。

 ――それに、俺には絶対に負けられない理由が出来てしまった。

「病気の母親のために優勝したい、か。そんなこと言われたら余計に負けられねぇよな……」

 これは数日前、キャッチャーをしている友人から相談されたことだ。
 何でも、『必ず全国優勝してみせるからそっちも闘病生活を頑張れ』という風に、重い病気にかかってしまった母親と約束したのだとか。

 しかもそいつは高校では野球をせず、病気の母親の看病に専念するらしい。
 だからこの大会が一緒に野球ができる最後の機会かもしれないんだ。
 今まで一緒に練習に打ち込んできた仲間として、一緒に笑い合った友だちとして、その願いを叶えてやりたいと思うのはおかしな事ではないはず。

 だが、感情だけで試合に勝てる訳がない。
 俺が所属しているチームはそれなりに強いが、あくまでもそれなりであって、とてもじゃないが優勝を狙えるような強豪というわけではなかった。
 そんな俺たちが優勝を目指すなど、はっきり言って無謀というものだ。
 恐らく他のチームメイトに言っても無理だと呆れられるだけだろう。

 しかし、それでもやるしかない。
 俺はキャプテンだからな。
 チームメイトに相談されたら、当然それに応えたくなってしまうんだ。
 加えてエース番号を背負っている身としては、たとえ腕が千切れても投げ切ってやるという意気込みさえ持ち合わせている。

 でも考えれば考えるほど、『もしも負けたら……』だとか良くない方向に思考が向かってしまっていた。

「はぁ……これじゃあ全然寝れないな。ちょっとランニングにでも行くか」

 頭で小難しい事を考えるのは性に合わないし、このまま布団にくるまっていても精神的に良いことなど一つもないので、ベッドから抜け出してランニング用のジャージに着替える。

 身体を動かせば少しはこの鬱屈とした気分も晴れるだろう。
 外は当然真っ暗だが、身体が少し疲れるくらいで帰ってこれば何も問題ない。
 まだ21時にもなっていないから、ランニングから帰って来てもゆっくり眠る時間は十分にある筈だ。

 こんな時間から何処へ行くのかと尋ねてくる母親にランニングだと答え、しっかりと準備運動をしてからいつものランニングコースを走り始める。

 ほっほっほ、と一定のリズムで走っていると気持ちがいくらか落ち着いてきた。
 やっぱり変に考えすぎるよりも、こうして身体を動かしていた方が俺には合っているらしい。
 焦りや不安で押し潰されそうになっていた心に、少しだけ余裕が生まれてくる。

『全国優勝』
 俺たちにとってその二文字は途轍もなく遠い所にある。
 それこそ、奇跡が連続して起こりでもしない限り、そこに手が届くことはまずあり得ないだろうと思うくらいには遠い。
 チームの実力から考えれば、地区予選を勝ち抜くことさえ確実とは言えないレベルなのだから当然だ。

 だけど、それでも勝たなくちゃならない。
 勝ち進み、そして優勝したという報告をお袋さんにさせてやりたいんだ。
 それが俺の自己満足やエゴだったとしても、その思いだけは変わることはないだろう。

「ふぅ……いい感じに疲れたし、そろそろ帰って寝るか。寝不足で動けないとか洒落にならん」

 いま俺に出来るのは家に帰ってゆっくり身体を休めることだけ。
 それにこうして自分の気持ちにちゃんと整理を付けると、ずいぶんと楽になった気がした。
 いい気分転換になったみたいだ。

 明日からの試合、死ぬ気で投げ抜いてみせる。
 もちろん負けるつもりなどない。
 俺に出来ることを全力でやって、チームメイトたちを信じればきっと大丈夫なはずだ。

 ――だが家に帰ろうと振り返ったその瞬間、クラっと立ちくらみのような感覚が俺を襲った。

「あ、あれ……? なんだこれ……」

 ただの立ちくらみであればすぐに収まるはずが、時間が経っても中々収まらない。
 それどころ視界がぐにゃりと歪み、ぐるぐる揺れて気分が悪くなってくる。
 そして、ついには立っていることさえも出来ずに膝をついてしまった。

 ヤバい。
 何かはわからないけど、かなり不味い状況になっている気がする。
 咄嗟に救急車を呼ぼうとポケットからスマホを取り出そうとするが、その前に身体の力が完全に入らなくなり、そのまま前のめりになって倒れてしまう。

 ふと、すぐ傍に誰かの気配をうっすらと感じ取った。
 誰かいるのか?
 いるんなら助けてくれ……!

「げどー君、彼ハ貴重ナ実験体デース。クレグレモ、丁重ニ扱ッテクダサーイ」

「ギョギョ!」

 なにか近くで声が聞こえた気がするが、そんなことに意識を割く余裕はもはや無くなっている。
 ゆっくりと意識が遠のいていく中、俺のポンコツの頭は――明日の試合のことしか考えていなかったのだった。

 

   

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