ダイジョーブじゃない手術を受けた俺15

 試合を終えてバスで学校に戻って来ると、さっきまで試合に出ていた一軍のメンバーも含めてすぐに練習が始まった。

 オーバーワークのようにも思えるが、そこまで身体の負担になる練習メニューではないので、今やっているのは殆ど調整みたいなものだ。
 それにあんまりよく出来た試合とは言い難い内容だったから、先輩たちも不完全燃焼な部分があるんだろう。
 特に佐藤先輩はかなり悔しがっていて、さっそく試合の録画を見返して一人で反省会をしているらしい。

 ちなみに試合は3-2でウチが勝ったよ。
 ギリギリの接戦過ぎて途中で何度もヒヤヒヤする場面があり、自分が出てる試合よりも断然に緊張した試合だった。
 特に最終回で一気に二点も取られた時は、本当に負けるんじゃないかと心配でならなかったね。

 まぁ何はともあれ、勝てて良かった。
 これでもうすぐ始まる関東大会での俺の登板は確実だからな。
 そこでしっかり実力を見せてから青道のエース争いに参加して、そして今年の夏からエースナンバーを奪う予定だ。

 フッフッフ。
 二、三年の投手陣には悪いけど、エースの座は一年のこの俺に奪われてしまうのだよ!

「南雲ぉー、クリス先輩が向こうでお前を呼んでるぞ?」

 しかし倉持のそんな声が聞こえてくると、浮かれていた俺の気持ちがグッと重くなった。

 試合中に感じたあの違和感。
 あの後も注意深くクリス先輩を観察していたんだけど、肩に何らかの故障があるのはほぼ間違いないと思われる。
 常識的に言えば監督に報告するべきなんだろう。
 でも、俺はまだ誰にも言っていなかった。

「あ? どうかしたのか?」

「いや、なんでもない。それでクリス先輩はどこにいるんだ?」

「ブルペンにいる。たぶんお前の球を受けてくれるんだと思うぞ。もうすぐ関東大会も始まるしな」

「りょーかい。じゃあちょっと行ってくるわ」

 そうして一軍のブルペンに行くと、そこにはプロテクターを着け始めていたクリス先輩がいた。
 試合の後だからか俺たちの他には誰もいない。
 これなら他人を気にせず話せるね。

「……来たか南雲。さっそくで悪いが、お前の新しいスライダーとやらを見せてくれ。大会前に直接見ておきたい」

「うっす、わかりました」

 アップをしてから言われた通り投球練習に入るが、俺の身体はまるで重りが付いているかの如くキレを欠いた動きしか出来なかった。
 スタミナ切れの時に近い感覚だ。

 もちろん、試合に出てない俺はものすごい元気だよ。
 何なら今からフルマラソンを走れるくらいには、体力が有り余っている。
 でも、やっぱり試合中に感じたクリス先輩の違和感が気になって練習どころではないんだ。
 こうしてブルペンでピッチングしているというのに、全く楽しくないし集中もできない。

 ――パシン!

 気が散っている所為で球が走っておらず、クリス先輩のミットから聞こえてくる音もいつもよりだいぶ小さめである。

「やっぱり調子でも悪いのか? いつもより球に力が入っていないぞ?」

 むぅ……人の気も知らないでこの人は。
 相手が怪我をしているって思うと、中々本気で投げられないんだよ。
 ほら、怖いじゃん?
 もしそれで悪化させたらって考えるとさ。

「クリス先輩」

 意を決してブルペンの投球位置からクリス先輩の所まで歩いていき、真っ直ぐ目を見る。

「どうした南雲。そんなに改まっているなんて珍しい」

「右肩、もしかして怪我とかしてます?」

「っ!?」

 あまり動揺した姿を見せないクリス先輩が、マスク越しでも分かるくらいに明らかに狼狽えた様子を見せた。
 その反応を見る限り、残念ながら俺の予想は間違いないみたいだ。

「……なんのことだ?」

「今日の試合を見るまで俺も全く気付いてなかったんですけど、終盤になるにつれてクリス先輩の動きが鈍くなっていました。特に相手が盗塁してきた時なんて、冷静に見ればおかしい投げ方をしているのが丸分かりでしたよ?」

「少し痛めているだけだ。お前が気にする必要は――」

「スポーツ選手にとって身体は消耗品です。どんな偉大な選手でも、どんな優れた選手でも、いずれは満足にプレイが出来なくなってしまう。だから大事なのは、自分の身体をいつ、どこで使うのかだと俺は思います。クリス先輩が今そうしたいなら俺はこれ以上何も言いません。でも、本当に先輩の使いどころは今なんですか?」

「南雲……」

 どんな超人でもいずれ限界は来る。
 それが加齢による衰えなのか、蓄積された疲労によるものなのかは分からないが、間違いなく選手寿命というものは存在するんだ。

 だからこそ俺はそれを少しでも延ばすために、ストレッチやインナーマッスルの強化を欠かさないようにしている。
 身体をデカくするために食トレしていたのもその一つだ。

 とはいえ無茶をした経験は俺にだってあるし、中学の時の連投なんて今思えば馬鹿なことをしたと思っている。
 もしかするとあれで選手寿命を大幅に縮めてしまったかもしれない。
 でも後悔は全くしていないし、あれが俺にとっての身体の使いどころだっと胸を張って言えるよ。

 ……一応大会が終わった後、病院で診てもらった先生に『信じられないくらい正常な肩だ』と言われたから大丈夫だと思うけどね。

 とにかく、俺がクリス先輩に言いたいのは、何事も後悔しない選択をした方が良いという事だ。

「――なーんてね。偉そうなことを言いましたけど、やっぱり最後に決めるのは自分です。後悔のないようにじっくり考えてください。もちろん、個人的にはさっさと怪我を治して戻って来て欲しいですけどね。とりあえず今日のところは御幸をに受けてもらいます」

 言いたいことをは全部言い切ったのでこの場から立ち去ろうとすると、クリス先輩から諦めたような笑みがこぼれた。

「フッ、まさかお前にこんなことを言われるとはな。本当に頼りになる後輩だよ、お前は」

「昔から頼り甲斐のある男だと評判ですよ?」

「違いない。……これから監督のところへ行ってくる。しばらく俺は離脱することになるだろうが、このチームのことは頼んだぞ?」

「はい、任せてください。ちゃちゃっと怪我を治せば、もしかすると甲子園には間に合うかもしれませんしね」

 おっ、どうやら先輩は治すことに専念するつもりらしい。
 よかったよかった。
 たとえ夏の予選には間に合わなくとも、その先にある甲子園なら期間的にも間に合うかもしれないからな。

 攻守の要であるクリス先輩が抜けるとなれば、それは青道にとって相当大きな損失だろう。
 予選と言えど、強豪校ひしめく東京地区で勝ち抜くのは難しい。
 だが、青道には俺がいる。
 そして俺の球を捕れる御幸がいる。
 強力な打線の先輩たちがいる。
 だから大丈夫だ。

 そうなると、御幸のやつをめちゃくちゃに扱かないとな。
 あいつなら夏までに変化球を含めて完璧に俺の球を捕球できるようになるはずだ。
 それだけの才能がある。
 多分本人的にはこんな形で正捕手の座を手に入れるなんて嫌だろうけど、チームのことを考えれば御幸以外は考えられない。

「――目指すは全国優勝ただ一つ。負けるつもりはありません」

 

   

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