翌日の昼、クリス先輩の怪我による離脱はかなりの衝撃を伴ってチームに伝えられた。
「――医者の話では全治半年ほどだそうだ。今年の夏は絶望的だろう」
片岡監督から告げられたその言葉は、青道のレギュラー陣にとって計り知れないダメージをもたらしている。
クリス先輩は入学と同時に正捕手として活躍していたらしいので、もはやこのチームには欠かせない存在となっていたのだ。
攻守の要であった先輩の離脱は大きい。
特にそれは今年が最後の年である三年生に顕著に表れていた。
「う、嘘だろ……? クリス無しで今年の夏を戦わないといけないのか?」
「……痛すぎるな。これまでウチの正捕手はクリスしかいなかったんだ。今から夏の大会までの短い期間だと、チームとして機能するかどうかもわからんぞ」
キャッチャーというポジションは、ただピッチャーが投げた球を受け取るだけではない。
相手チームの特徴を考慮しながら配球を組み立て、常に全体を見ながら誰よりも思考を巡らせなければならないポジションなのだ。
監督に近い役割と言っても良いほどである。
そんな重要なポストに長らく居座っていたクリス先輩が戦線離脱……チームとしてはかなりの痛手だろう。
大幅な戦力ダウンは否めない。
しかし、誰もが下を向いている訳ではなかった。
「お前ら何甘えたことぬかしとんのや! 確かにクリス抜けた穴は大きい。せやけど、それを自分たちで補ったるぐらいのこと言えへんのか!? 今年はワシらの年なんやぞ!」
暗いムードに包まれていた空気を、キャプテン東先輩のその一喝が見事に吹き飛ばした。
正直、東先輩だってまだ完全には立ち直れていないと思う。
だがそれでも、この人はすでに前を向いて歩き出そうとしているんだ。
やっぱりこういう人が一番キャプテンに向いているんだろうね。
「東の言う通りだ。クリスが抜けたから勝てなかった……そんなものは言い訳にすらならない。それに負けた時の言い訳を考えるより、今ある戦力でどうやって試合に勝つかを考えるべきだろう。俺たちは王者青道だからな」
クマさんも既に前を向いている内の一人だった。
事前に知っていたから心の整理をする時間があったとはいえ、昨日今日で自分の気持ちに踏ん切りを付け、周りを鼓舞する事ができるのは凄いと思う。
流石は頼りになるキャプテンと副キャプテンだ。
そして、チームの核である二人からそう発破をかけられると、俯きがちだった先輩たちも徐々に立ち直る様子を見せた。
「……そうだよな。クリスが居ないから勝てないなんて先輩として恥ずかしい。こうなったら今まで以上にバットを振って、この逆境を力に変えるしかない!」
「俺は守備でチームに貢献するぞ!」
単純……もとい純粋な人たちである。
でもそういう熱血的な流れのあれ、俺は結構好きだよ?
「よっしゃ! なら円陣や! 南雲、御幸、お前らも入っとけ」
「ん、円陣?」
よくわからないけど、『えいえいおー』ってやれば良いのかな?
レギュラー陣プラス俺と御幸が円を描くように固まり、その中心に東先輩が入る。
そして、ピリピリとした空気が張り詰める中で中心にいる東先輩が声を上げ始めた。
「ワシらは誰や?」
――王者青道!!
「誰よりも汗を流したんは」
――青道!!
「誰よりも涙を流したんは」
――青道!!
「誰よりも野球を愛しとるんは」
――青道!!
「戦う準備はできとるか?」
――応!
「我が校の誇りを胸に、狙うは全国制覇のみ。いくぞ!」
――おおおぉぉぉ!!
おおおぉぉぉ……!
何これすごい!
青道ってこんなかっちょ良い掛け声があったんだね。
でも初参加の俺と御幸だけ所々でズレてたし、出来れば事前に教えて欲しかったよ!
「捕手、そして投手の選考は一度白紙に戻す。一からバッテリーを組み直し、起用方法を見直す必要があるからな。各自、緊張感を持って練習や試合に臨め。話は以上だ、解散!」
そうして円陣の後に監督の言葉で締めくくられ、選手たちはやる気を漲らせて練習に戻っていった。
今回のクリス先輩の離脱によって、青道は良くも悪くも変わるだろうけど、士気はだいぶ高いみたいだ。
これなら結束力が上がった分、俺が思っていたより戦力が下がることはないかもしれない。
「それじゃあ俺も張り切って投げ込みでもしようかな」
「南雲は少し残れ」
ありゃ、俺も先輩たちのその流れに乗ってグラウンドへ向かおうとしていたが、監督から呼び止められてしまった。
……うん。
何も悪いことはしていないんだけど、自分だけ残れって言われると怒られるんじゃないかって少しだけドキドキしちゃうよね。
そういう気持ちで監督の元へ行くが、どうやら怒られるような感じではなさそうだった。
「南雲、まずはクリスの件で礼を言わせてくれ。あいつの怪我に気付いてくれてありがとう。あのままだと、俺は将来有望な選手を潰していたかもしれない。本当に感謝している」
……怒られるどころか頭を下げられてしまったんだが。
監督に頭を下げられるとか何の罰ゲームかな!?
「俺が気付けたのもたまたまですし、そんな風に頭を下げられても困るっす!」
「これは俺なりのケジメだ。気にしないでくれ」
「めちゃくちゃ気にしますよ!?」
気にしないとか普通は無理でしょ。
クリスさんの時もそうだったけど、やっぱり自分よりも年上の人に頭を下げられるのって違和感が半端じゃない。
ましてや監督が相手となれば尚更だ。
あ、でも今回の件で次の試合で俺を先発にしてくれたりしたら――。
「それとこれとは話が別だ」
……まだ何も言ってないっす。
監督はエスパーか何かですか?
「……練習行ってきまーす」
無駄に疲れた俺は肩を落としながらブルペンへと向かった。