ダイジョーブじゃない手術を受けた俺66

 俺に休めと言って制してくる高島先生。
 その顔には様々な感情が見え隠れしており、ただ一番は俺を心配してくれているのがわかった。
 恐らくあの頭部へのデッドボールで気を失ってしまい、そのままこの病院に運び込まれたのだろう。
 だからしばらくは安静にしていろと言ってくれているんだ。

「いや、それよりも試合はどうなりましたか?」

 でも今の俺が知りたいのは試合の結果、ただそれだけだ。
 休んでいろと言われても素直に頷くことはできない。
 少なくとも、あの試合がどうなったのか聞くまでは。

「試合の事より、今は自分の身体を――」

「先生、試合がどうなったのか教えてください。それを聞かずに寝てなんていられませんし、話を聞くだけなら別に身体の負担になったりしませんから。だからお願いします、高島先生」

 俺の意思が固いことを悟ったのか、数秒の沈黙の後に高島先生は『わかったわよ……』と折れてくれた。
 話を聞いた後はちゃんと休むことを約束させられたけど。
 迷惑をかけているのは自覚しているが、これだけは今聞いておく必要がある。

「それじゃあ結論から先に言うわ。試合に勝ったのは…………稲実よ。青道は負けてしまったわ」

「……そう、ですか」

 青道が負けた。
 悲壮感を漂わせてそう言う高島先生に、俺はそんな返事しか出来なかった。
 青道が負けてしまったというのは、正直先生の様子が少しおかしかったからそんな気がしてたけど、いざちゃんと聞いてみると沸々と悔しさが込み上げてくる。

 だが、俺はこれを最後までちゃんと聞かなければならない。

「ウチがどうやって負けたのか、それも教えてください」

「はぁ、わかったわ。南雲君はどこまで覚えてるの?」

「7回まで投げて、8回の青道の攻撃で俺の打順が回って来たところまでです。それで頭にデッドボールを食らって、気付いたらこの部屋で寝てました」

「そう。なら記憶はしっかりしているみたいね。デッドボールを受けた南雲君はそのまま病院へ運ばれて、相手のピッチャーは危険球として退場になったわ。そして、次に登板したのは成宮 鳴という一年生投手」

 やっぱりあの後は成宮が出てきたか。
 この手で引きずり出してやろうと思っていたのに、こんな形で成宮をマウンドに上げる事になるとは思わなかった。
 出来ればあいつとはしっかり勝負してみたかった。

「成宮君のピッチングはとても一年生とは思えないもので、高いレベルにある青道打線も中々打ち崩せなかった。そしてそこから、試合は延長戦へ突入したわ」

「えっと、延長ですか? 俺の記憶が合っていれば、青道は2点リードしていましたけど」

「南雲君が交代してすぐ、打たれたのよ。登板した丹波君がね」

「先輩が……」

 そう、か。
 失点を許した丹波先輩を責める資格は俺には無いし、そんなことをするつもりは一切無い。
 何よりも本人が一番悔しいだろう。
 俺にあるとすれば、それは自分自身への怒りだけだ。
 あのデッドボールさえしっかり避けてさえいれば……そんな意味のないことをついつい考えてしまう。

 もちろん俺が投げていても打たれていた可能性はあるが、あの時の調子を考えればそう何点も取られはしなかった筈だ。

「丹波君は14回まで投げたんだけど、満塁でサヨナラのピンチに追い込まれてしまって降板。その後に登板したのは佐藤君よ」

「佐藤先輩も登板したんですか!?」

 あの人は前の試合でかなり消耗していた。
 それなのに……いや、そんな人を出させてしまったのは俺か。

「ええ。なんでも、監督に直接直談判したらしいわよ。ここで自分が出ないと一生後悔するからって。そしてピンチの場面で登板した佐藤君は、気迫のこもったピッチングでその場をなんとか切り抜け、その回は無失点に抑えてみせた。その時の投球は今まで私が見た中でも一番すごかったわね」

 なんだ、佐藤先輩は途中退場した俺よりもよほどエースの仕事をしてるじゃないか。
 よく知る人物が活躍したと聞いて、誇らしい気持ちと不甲斐ないという気持ちがごちゃまぜになる。

「ただ、それでも成宮君を打ち崩すことは出来ず、その次の回で稲実に追加点を許してしまい、ウチは負けてしまった。これが今日の試合のすべてよ」

 高島先生の話を聞き終えた俺は、今更どうしようもないことに無力感を感じながら、拳を力いっぱい握りしめていた。

 あぁ、悔しいな。
 力を出し切れずに終わってしまうのは。
 たったひとつのアクシンデントによって舞台から引きずり降ろされ、しかもそのせいでチームが負けてしまった。

 何か明確な失敗がある訳じゃない。
 不幸な事故。
 しかし、どんなことがあったとしても負けは負けだ。
 その事実が覆ることは決して無い。

「今回の敗北は誰のせいでもないわ。南雲君はもちろん、他の選手も精一杯戦っていた。意味のない言葉かもしれないけれど、あのデッドボールさえなければ勝っていたのは青道だったと思う」

 高島先生の言葉が俺の気持ちを軽くしてくれる。
 とはいえ、それに甘えていれば成長はない。
 この悔しさをバネに、立ち止まることなくまた成長していかなければ、また同じようなことになるだろうから。

 ふと窓から見える夜空を見上げると、優しい光を放っている丸い月が滲んで見えた。

「南雲君……」

「こんなにも試合をやり直したいと思ったのは初めてです。自分が投げた試合で負けるのって、こんなに悔しかったんですね。久しぶりに思い出しましたよ」

 俺の高校生活最初の甲子園への道は、こうして不慮の事故によって閉ざされてしまったのだった。

 

   

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