ダイジョーブじゃない手術を受けた俺68

 丁寧に切り分けられたリンゴが口の前まで差し出される。
 見るからに瑞々しく、この時期にこれほど美味しそうなものが食べられるとは知らなかった。

「はい、あーん」

「あーん。……うん、美味い美味い」

「フフッ、それはよかった。わざわざ買いに行った甲斐があったわ」

 やっぱり入院している時といえばリンゴだよね、ということでリンゴを剥いてもらいそれを食べさせてもらっている。
 この看護されているという感じがたまらん。
 しかも、美人で優しい看護師さんがお世話してくれてるとなれば、きっと世の男どもは血の涙を流すに違いない。

 とはいえ、こうもずっとベッドに横になったままでは身体が鈍ってしまうな。
 流石に投球練習をさせろと無理を言うつもりは無いけど、せめて軽い筋トレくらいは許して欲しい所だ。
 駄目元で聞いてみるか。

「ねぇ、少しくらい筋トレとかしちゃダメかな?」

「それはだーめっ。太陽君は絶対安静って言われてるんだから、数日くらいは大人しくしてなきゃ。そんなに暇なら出来るだけ私も会いに来てあげるから。ねっ?」

「……はーい。お姉さんが来てくれるなら我慢するよ」

 まぁ、ほぼほぼ無理だとは思ってたからいいや。
 それにこれ以上は看護師さんを困らせるだけだし、もういっそのこと入院期間は身体の休養日ということにしよう。
 これまで蓄積してきた疲労を解消すると考えれば悪くない。

 決して看護師のお姉さんの魅力に負けた訳ではない、とだけはここに言っておく。

「素直でよろしい。はい次、あーん」

「あーん」

 うまうま。
 あまりの快適さにこのまま堕落しちゃいそう。
 そんなつもりは微塵も無いんだけど、ちょっとだけこういう生活も悪くないと思ってしまう俺は根本的にダメ男なのだろうか……。

 と、そんな風に自問自答しながらも楽しいひと時を過ごしている俺だったが、どうやら誰かが俺に面会しに来たようでドアがノックされた。
 誰だよ、この幸せな時間を邪魔する奴は。
 口の中にあったリンゴを飲み込み、出来るだけ言葉に怒りが出ないように『どうぞ』と言って来客を招き入れる。

 しかし、部屋の中に入って来たのはよく見知った二人組だった。

「あれ、御幸に倉持じゃん。わざわざお見舞い来てくれたのか?」

 現れたのは私服姿の御幸と倉持。
 二人とも寮にいる時と同じような格好をしていて、俺なりにファッションチェックをするとすれば……って、それは別に良いか。

「あ、ああ。そうだけど……」

「また美人が南雲の側に……」

 御幸たちの視線が俺ではなく隣にいる看護師のお姉さんへと向けられていた。
 おっと、君たちには少し刺激が強すぎたかね。

「それじゃあお友達もお見舞いに来てくれたみたいだし、私はそろそろ仕事に戻るわ。あんまりサボってると看護師長に怒られちゃうしね」

「そっか。ならまた時間がある時にお喋りしようね、お姉さん」

 ばいばーい、と手を振りながらお姉さんは仕事に戻っていった。
 そんなやり取りを見ていた倉持が、能面のように表情が抜け落ちた顔で詰め寄ってくる。

「誰だ、今の美人は」

「見ての通り俺の世話をしてくれてる看護師さんだよ。ほら、俺って頭に硬球をぶつけられただろ? だから医者の許可が出るまでは、絶対に動き回らないように言われてるんだ。彼女はその監視兼お世話をしてくれてる人」

「にしては仲が良すぎないか?」

「ずいぶん優しくしてくれるからさ、すっかり仲良くなっちゃった。いやー、入院生活も中々悪くない」

 割と気分が沈んでいる時に明るく看病されたら、そりゃ悪い印象は抱かないよね。
 そんな俺の境遇に腹が立ったようで、倉持は拳を握りしめていた。

「くっ、一発殴りてぇ……!」

「抑えろ倉持。気持ちはわかるけど、俺たちは南雲のお見舞いに来たんだぞ。怪我を増やしてどうする」

「……わかってる。わかってるさ」

 ぷふふ。
 そりゃ羨ましかろう。
 頼まれても絶対に代わってやんないけどね。
 これも全て、俺の日頃の行いが良かったからに違いない。

「まぁひとまず座れよ。せっかく来たんだし、俺は動けないから勝手に寛いでくれ」

「おう」

 立たせたままにしておくのも落ち着かないので、とりあえず二人を椅子に座らせた。
 すると、さっきまでの怒りはどこへ行ったのかすっかり大人しくなってしまう。
 あまりの変わりように空気が重くなった気がした。

「どうかしたか?」

「……わりぃ南雲。俺たち、負けちまった」

 蚊の鳴くような小さな声で御幸がそう言った。
 あー、こいつら責任とか感じてるのか。
 俺が退場になってからの逆転負けだから、そう思ってしまうのも仕方ないといえば仕方ないけど。

「それで?」

「それでって、俺たちを責めないのかよ」

「どういう理由であれ、最後までグラウンドに立っていられなかった俺に文句を言う資格はねぇよ。負けは負けだ。誰のせいとかじゃなく、チームが弱かったから負けた。ただそれだけだろうが」

「でも――」

「でもじゃなーい。ったく、せっかくお見舞いに来るんならもっとマシな面でこいよ。なんで入院してる俺よりお前らの方が元気がないんだ。お前ら、今ひっでぇ顔してるぞ?」

 俺がそう笑ってやると、御幸と倉持はお互いに顔を見合わせて『確かに酷い顔だ……』と声を揃えて呟いていた。
 今までお互いの顔にも気付かないくらい凹んでたのか。
 思ってたよりも重症だな。
 こいつらはこいつらで、今回の敗戦を重く受け止めていたのかね。

「はっはっは! ならとっとと学校に帰って、落ち込んでる先輩の尻でも引っ叩いてこい。たぶんだけど、丹波先輩とか一番沈んでるだろうからな。俺が戻っても辛気臭い顔してたら、そん時は先輩だろうが誰だろうが俺がぶん殴るって部員全員に言っておいてくれよ」

 精神的なダメージで言ったら丹波先輩は致命傷レベルだと思う。
 元々あまりメンタルが強い人ではなかったし、今回の失敗で間違いなく自分を責めているだろう。
 クリス先輩あたりが上手くケアしてくれていれば良いんだけど……。

 

   

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