ダイジョーブじゃない手術を受けた俺73

 手の中にあるボールを確かめるように何度も転がす。
 そうやって持ったみた感覚を思い出そうとしていくが、そんな事をしなくても良さそうなくらい俺の手にしっかりと馴染んでいた。
 まるでボールが自分の一部みたいだ。
 それが妙に嬉しくて思わず顔がニヤケてしまう。

「おーい、早く投げろって。ずっとそうしているつもりか?」

 地味に感動していると倉持に急かされてしまった。
 人の感動に水を差すなんて空気の読めないやつめ。

「わかった。それじゃあいくぞ、っと」

「うおっ!?」

 俺が軽く投げると、パシンッ! と良い音を響かせて倉持のグローブに収まった。
 あまり力を込めていなかったので球威はもちろん全然速くはなかったが、思いのほかノビのある球を投げる事ができた気がする。

「なんつーか、お前の球ってこんなに重かったっけ? いや、そりゃ重かったんだけどさ。あんなに軽く投げてここまでズシッとくるほどじゃなかった気がするんだけど」

「そうか? 自分ではよくわからないな。思ってたよりも違和感は無かったし、あんまり変わったようには感じないけど」

 自分で投げた感じでは、以前と同じような感覚が残っていて一安心ってところかな。
 これなら変化球とかもそれほど苦労せずに投げられるようになると思う。
 ま、実際に全力でボールを投げてみなければわからないけど。
 倉持とは別に普段からよくキャッチボールしていたわけじゃないから、多少オーバーに驚いているんだろう。

「こりゃ、本気で投げたら一体どんな球になるのかねぇ……」

「はっはっは、そりゃ俺の球なんだからそこそこ凄いんじゃね?」

「お前がそこそこなら全国の高校生にはそこそこ以下の奴しかいなくなるぞ」

 それはちょっと大袈裟が過ぎるな。
 俺はまだ高校に上がってから全国にすら行ったことがない地方レベルのピッチャーなんだ。
 その程度の投手ならそこら中にいるだろうに。

 もちろん、いずれは俺がその頂きに立つ予定ではあるけど。
 有り難いことに新聞や雑誌で俺のことを持ち上げてくれる人達がいるんだけど、そう言われるには少し早すぎる。
 今はまだ、ね。
 だからさっさと名実共に最高で最強なピッチャーなる必要がある。
 高校で一番を取ることが俺の目標の第一歩でもあるし。

「お前も早くボールを返せ。人のこと言えねぇじゃんか」

「そら、よ」

 うんうん、久しぶりのキャッチボールは中々楽しいもんだ。
 ピッチングはまだ出来ないけど、今はこれで我慢しないとな。
 破ったら大会どころか試合にすら出れなくなるみたいだし、こういうのも悪くない。

 そうして倉持とキャッチボールして遊んでいると、寮の方向から慌ただしく走ってくる寝坊野郎の姿が見えてきた。

「わ、悪りぃ。寝坊した! ……って、キャッチボールするなら俺も呼べよ! ずるいぞ!」

 まだ寝癖も残っていて眠そうにしていたくせに、俺たちがキャッチボールしているのを見るなり明らかに元気になった。
 まったく、現金なやつだ。

「遅刻だぞ御幸」

 

 ◆◆◆

 

 俺が監督から呼び出されたのはその翌日のことだった。
 ここ数日、禁止されているピッチングもせずに真面目に練習に取り組んでいた俺は、ついさっき監督から呼ばれて練習を中断する。

 一応言っておくと、本当に許可されたメニュー以外は何もやっていない。
 そもそも練習中は誰かしら手伝いという名の監視役がいたのでそんな真似は出来なかった。
 するつもりも無かったしね。
 だから今日呼ばれたのは俺が何かやらかして怒られる、とかではないと思われる。
 監督が呼んでいると俺に伝えに来てくれた高島先生の雰囲気も、そんな感じではなかったし。

 と、そんなわけでノコノコとやって来た俺は、監督達が使っている部室に迷いなく入っていく。

「失礼しまーす」

 部屋に入ると中にいたのは三人。
 監督、部長の太田さん、そしてもう一人は知らない人だ。

「……来たか」

「うっす。俺を呼んでたって聞きましたけど、何かありましたか?」

「まぁ座れ。少し長くなる」

 促されるままソファに腰を下ろすが、隣には一人だけ知らない顔のおっちゃんがいて、俺の視線はチラチラと横に座っているそのおっちゃんに向けられている。
 誰? と、そんな俺の疑問に監督が答えてくれた。

「この方はウチの新しいコーチだ」

「コーチ、ですか?」

「そうだ。この夏から正式に青道の専属コーチとして来てくださる落合 博光さんだ」

「どうもはじめまして、南雲 太陽君。君の噂は私も聞いているよ。これからよろしく頼む」

 へぇ、この人はウチの新しいコーチなのか。
 通りで見たことないはずだ。
 見た目は小さくてあご髭を生やした普通のおっちゃんって感じ。
 片岡監督みたいな顔の怖さや迫力は無いけど、この人からはいい意味で油断ならない気配がするな。

 でもとりあえず、直前まであご髭に触っていた手を俺に差し出すのはやめて欲しい。

 

   

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