ダイジョーブじゃない手術を受けた俺108

 張り詰めた空気の中、クリス先輩に第1球目の球が投じられた。

「ボール!」

 1球目は外に外れた球を見送ってボール。
 続けて2球目も高めに外れ、同じくボール。

「──ストライク!」

 そして3球目。
 外角低めいっぱいの直球でストライクを取られ、これでカウントはワンストライクツーボールとなった。
 球筋は十分見れただろうし、多分そろそろ打ちに行く頃合いだな。

 なんて思っていたら、早速快音が聞こえて来た。

『打ったぁー! ライト線、これは大きいぞ!?』

 鋭いスイングから放たれた打球はライト方向へと飛んでいき、フェンスまで届きそうな勢いでぐんぐんと距離を伸ばしている。
 が、打球は風に煽られたのか横に逸れてしまい、ファールゾーンのフェンスにぶち当たった。

 今の打球、風向きが横からじゃなく追い風ならスタンドまで届いていたかもね。
 無風でもツーベースヒットくらいにはなっていただろう。
 それくらい良い当たりだった。
 ただ、これで先輩の集中力が途切れてしまう事が気がかりではあるが……。

 すると次の投球、俺の心配とは裏腹にクリス先輩は低めの球を掬い上げるように弾き返した。
 その鋭いライナー性の打球はセンター方向へと飛んでいくが──。

『捕った! よく反応しました、ピッチャーの真中! 強烈な打球が彼を襲いましたが、見事キャッチし、慌てずにセカンドへ送球。セカンドランナーもアウトになります!』

 しかし、飛んだ場所はピッチャーの頭上の僅かに上。
 なんて運の悪い。
 せっかく綺麗なセンター返しの打球だったのに、真中さんの打球反応が良すぎて頭上を通り過ぎる瞬間にグローブで掴み取られてしまった。
 しかもその後すぐにセカンドに送球され、飛び出していた倉持もアウトになり一気にツーアウトとなる。

 集中力が切れていた訳ではなく、むしろこれ以上ないくらいに研ぎ澄まされていたようだが、少しばかり運が無かった。
 いや、あれは真中さんの反射神経を褒めるべきか。

『素晴らしい反応を見せた真中! 失点のピンチを自分のプレーで取り返した!』

 それにしても、二回続けて不運が続くなんてもしかして本当に今日はついてない日なのかもしれない。
 チャンスから一転、ゲッツーでツーアウト。
 惜しい当たりだっただけに悔やまれる。
 もう少し横にずれていたら……って、クリス先輩ならまた打ってくれるだろうし、そんな事を考えても仕方ないな。

 クリス先輩がアウトになったが、次のバッターは四番の哲さんだ。
 ツーアウトとはいえまだまだ得点のチャンスは続いている。
 ベンチ、スタンドからの声援を受けながら、哲さんはゆっくりとバッターボックスに立った。

 我らがキャプテンには強打者だけが持つ特有の雰囲気がある。
 クリス先輩からもそれは感じるけれど、哲さんのそれは桁違いに大きい。
 これは投手だけが感じ取れる微妙な違いかもしれないが、いま対峙している真中さんは哲さんが放つ嫌なプレッシャーを全身で受け止めていると思うよ。
 俺も練習で何度も味わっているけどあの威圧感だけは未だに慣れない。

「改めて見てもウチの打線って豪華だよな。御幸、やっぱり今からでも俺と打順変わらないか? そっちの方が俺の打率が良くなると思うんだ」

 ハイレベルな打撃を目の当たりにして俺もあそこに混ざりたくなってしまった。

「今更変えられる訳ないだろ。それに、ここ最近のお前の成績だと八番くらいが妥当だよ」

「それじゃあ打てなかったら次から俺の打順と交代な」

「君はピッチングに専念して、大人しく八番に収まってなさい」

「うがー!」

 最近あまりバッティングの調子が良くないのは事実で、その代わりピッチングはすこぶる調子が良い。
 俺は八番バッターとして自分の仕事をするよ、八番バッターとして。
 決して悔しくは無い。
 ピッチャーが本業だから。

 ──カキーーン!

「センター!」

 御幸とそんな事を話している間にも試合は動いている。
 快音が響き、打球は遥か上空へと打ち上がった。
 空に吸い込まれていきそうなくらいの巨大なアーチを描きながら、その打球はセンターまで飛んで行っている。
 ただ、弾道がかなり上向きだった所為で思ったよりも距離が出ていない。

 センターを守る選手が上空の打球を目で追いながら一歩、また一歩と後ろに下がった。
 そして、これ以上後ろに下がることは出来ないフェンスギリギリの所まで移動し、腕を上に向けて目一杯に伸ばしているのが見える。
 入れば先制だが……このままチェンジになると嫌な流れが青道に来るかもしれない。

 球場にいる全員が固唾を呑んでボールの行方を見守っていた。

『捕った! 捕りました! これでスリーアウト、チェンジです。青道高校、激しい攻撃でしたがチャンスを活かせず、この回は無得点に終わってしまいました!』

 こうして、青道高校の初回の攻撃はチャンスを作りながらも得点には至らず、波に乗り切れなかったというあまりよろしくないスタートを切る事になったのだった。

 

   

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