西東京地区の『古豪』と言われていた野球の名門校──青道。
しかし、春のセンバツ大会で大阪桐生を下した事によって、今となっては青道を古豪などと呼ぶ者はいないだろう。
名実共に高校野球の頂点に君臨している王者……それが今の青道高校の評価である。
ここ数年は甲子園からも遠ざかっていたが、数年ぶりに出場したかと思えば瞬く間に勝ち上がっていき、そして優勝旗を掴み取った。
怒涛の快進撃には多くの高校野球ファンの視線を釘付けにした筈だ。
かつて青道が甲子園の常連校だった時代、王者青道と呼ばれていた頃の強い青道の面影を今のチームに重ねた者も多いだろう。
……さて、そんな俺たち青道高校野球部にも今日から新たに新一年生が入寮することになっている。
そして今の俺の頭にあるのは、これからこの部屋に入寮する予定の新一年生をどうやって歓迎しようかという事だ。
初っ端はやはり派手に出迎えた方が良いのだろうか。
それとも無難に済ませた方が良いのか。
俺はそんなことを悩みながら、非常に落ち着きがなく部屋の中を行ったり来たりしていた。
「ね、クリス先輩。倉持と増子先輩の部屋は毎年ホラー系のコスプレするのが伝統みたいですけど、俺らもなんかやった方がいいんですかね?」
「やめておけ。相手がどういうタイプなのかも分からないのに、いきなりそんな事をすれば嫌われるかもしれないぞ」
「……確かに」
そう指摘されて俺はハッとした。
もしも仮に俺がそんな事をされたら、先輩とはいえ咄嗟に張り倒してしまうかもしれない。
ほら、ビックリしたら思わず手が出ちゃう時ってあるじゃん。
不可抗力とはいえ手が出るとお互いに変な感じになっちゃうだろうし、やっぱりクリス先輩の言う通り普通に歓迎するとしよう。
「この部屋に来る予定の一年。確か名前は……金丸、でしたっけ。先輩は何か知ってますか?」
俺が尋ねると、クリス先輩は少し思い出すような仕草をしてから口を開いた。
「金丸 信二。ポジションはサードで、松方シニアではクリーンナップを任されていたらしいな。高島先生が作成した資料を見せて貰ったが、ウチでも即戦力……とはいかないまでも中々期待できそうな一年だったぞ」
「ほぇー、それは益々楽しみっすね」
松方シニアといえば中学野球の中ではかなりの強豪だ。
そこでクリーンナップを任されていたんだったら、当然ながらそれだけの実力はあると思われる。
すぐにチームの戦力になってくれとは言わないけど、いずれはウチの打線に何とか食い込んでいって欲しいところだな。
今年のスカウトは甲子園出場の影響で例年よりも遥かに楽だったらしく、高島先生の機嫌がすこぶる良かった。
金丸って一年も含め、さぞ良い選手が集まっていることだろう。
明日からの練習が楽しみである。
ただ、俺としてはそれ以上に楽しみなことが明日あるんだよね。
「新入生も楽しみですけど、やっぱり俺はクリス先輩のキャッチャー復帰をめちゃくちゃ楽しみにしてますよ」
そう、いよいよクリス先輩が本格的にキャッチャーとして復帰する。
秋大と甲子園では主に打撃力でチームを引っ張ってくれていたが、外野手としてプレーするのは甲子園が終わるまでの期間だけだった。
しかし、新入生が加入すると同時に先輩はキャッチャーに復帰することになっており、今年の夏は捕手のポジション争いが激化することが予想される。
こうなると御幸もうかうかしていられないだろう。
後ろからものすごい勢いで追いかけて来る人が現れたんだから。
「期待してくれるのは嬉しいが、俺はまだお前の全力を受けていないからな。あまりそうハードルを上げないでくれ」
「ははは。そんなこと言って、御幸からポジションを奪う気満々のくせに」
「それはそうだ。一年のブランクは大きいし、正直不安もある。だが、それ以上にお前とバッテリーを組む事や、御幸とポジション争いを出来ることが楽しみで仕方ない。奪われたら実力で奪い返すしかないだろう」
そう言えるってことは自信があるってことだと思うけどね。
選手として復帰した時だって、あっという間に三番バッターとしての地位を確立してしまったし。
そうしてクリス先輩と話し合っていると、コンコンと部屋ノックする音が聞こえてきた。
ガチャっとドアが開き、短髪の男が緊張した様子で中に入ってくる。
「──失礼します! この部屋に振り分けられました、金丸 信二です! 今日からよろしくお願いします!」
部屋に入って来たのは礼儀正しく、それでいてハキハキと喋る新入生だった。
運動系の部活では好かれそうな感じで、この姿が初々しいと感じてしまう俺の心は一体どこまで年老いてしまったのだろうか。
そういえば俺が一年の時はいきなりクリス先輩にボールを受けてくれって頼んだんだっけ。
……今考えればかなり失礼な一年だったよな、俺って。
「よろしくな、金丸。とりあえず荷物下ろして早く上がりなよ」
「はい! 失礼します!」
「俺は南雲 太陽。で、そっちにいる人が……」
「クリスだ。よろしく頼む」
それから寮での生活のルールを一通り説明して、明日からの練習内容なんかも織り交ぜつつ軽く話した。
どうも金丸は甲子園での俺たちの活躍をテレビで観てくれていたようで、青道の一員としてプレーするのが楽しみだと言ってくれた。
こう、キラキラした目で褒められるのって結構恥ずかしいものだ。
新しいルームメイトとも上手くやっていけそうで何よりである。