ダイジョーブじゃない手術を受けた俺132

「宮川シニア出身、大嶋 宏です! ポジションはショート、守備には自信があります!」

 毎年恒例の一年生による自己紹介が始まった。
 二列に並び、順番に名前やらポジションやらを大声で叫んでアピールしていく。
 中には俺に憧れて青道を志望したとまで言ってくれる子もいて、単純な俺はそれだけで一気に上機嫌になった。

 しかしながら、去年の俺達みたいに上級生に対して宣戦布告する気概のある選手は現れず、そこはちょっとだけ残念だったかな。
 俺からエース番号を奪うとか、そういう生意気なくらいが丁度いい。
 二、三年の眠気を吹き飛ばすような気合いの入った新入生はいないもんかね?

 そんなことを考えながら欠伸を噛み殺していると、不意に誰かの大声が聞こえて来た。

「あー! こいつ、遅刻したのに列に紛れ込もうとしているぞぉ!?」

 声に釣られてみんなの視線が一斉に用具倉庫の前に集まり、不自然な体勢で固まる男を発見してしまう。
 突然注目を浴びたことでダラダラと汗を流して焦っている様子が見える。
 どうやら新入生の一人がこっそり合流しようとしていたらしく、誰かの密告によって最悪な形で発覚してしまったようだった。

「──初日から遅刻とはいい度胸だな、小僧」

 そして、当然ながらそんな真似を優しく見逃す片岡監督ではない。
 グラサンの奥にある瞳がギラッと光った気がした。
 その怒気を感じ取った一年生は震え、多少は慣れている筈の俺達でも気が引き締まり、すっかり眠気なんて吹っ飛んでしまったぜ……。

「しかもバレないように黙って忍び込もうとするその腐った根性……気に食わん! 練習が終わるまで走っとれい!!」

「ひぃー! すべてが裏目に!?」

 無慈悲な宣告が一年生に下された。
 あらら、初日から可哀想に。
 ここ最近は監督の機嫌がすこぶる良かったから、忍び込もうとするくらいなら素直に謝った方が良かったな。
 それならあそこまで怒ることもなかった筈だ。

 もしくは、絶対にバレないように上手く立ち回らなきゃいけなかった。

「にしし、作戦成功」

 ……悪い笑みを浮かべているこの男のように。

「何やってんだよ、御幸」

「いやー、昨日は遅くまでバットを振っててさ。完璧に寝坊しちまって焦ったぜ」

 全く悪びれた様子も無くヘラヘラ笑う御幸に、俺は思わずため息がこぼれた。
 この男は哀れな一年を犠牲にし、みんなの注意が逸れているタイミングで、しれっと俺の横に紛れ込んできやがったのだ。
 あ、そういえばさっきのチクリもこいつの声だったな。
 監督が一年に烈火の如く怒りをぶつけている中、何食わぬ顔をして俺の横に立っている御幸は鬼だと思う。

 もしかすると、あの一年を唆したのもこの男なのかもしれない。
 監督、ここに一番の悪者がいますよー。

「──それから、この男と同室の上級生」

 倉持と増子先輩が狼狽える。
 もしかしてあの一年と同室なのはこの二人なのか?

「騒動に乗じてそこに並んでいる大馬鹿者」

 今度は御幸がギクッと反応した。

「お前らもだ」

 殺気というのは多分こういうものを言うんだろう。
 有無を言わせずにそう告げる監督の視線は、とても怖かったとだけ言っておこう。

 悪は必ず滅びる運命のようだ。

 

 ◆◆◆

 

「よっ、初日から遅刻した……えーっと、沢村だっけ?」

「うぐっ。その覚え方は非常に遺憾ではありますが、沢村というのは自分の名前であります……!」

 朝練が終わり、食堂へと向かう途中で俺はとある一年生に声を掛けた。
 その一年の名前は、沢村。
 先ほど監督の逆鱗に触れてしまい、ずっとランニングを命じられていた男である。

「飯を食う前に監督にちゃんと謝りに行けよ。あの人、そういう礼儀とかには結構うるさいから。下手すりゃ一生ランニングで高校生活が終わっちまうぞ」

 多少脅しておいた方が気が引き締まって良いかなと思って大袈裟に言ったが、片岡監督が厳しいのは確かだけど流石にずっと許さないなんて事はない。
 まぁ、謝りに行かないと更にブチ切れること間違いなしだろうが。

「そ、そんな……ど、どうすればよろしいでしょうか!?」

「だから今から謝りに行けば大丈夫だって。初日なんだから大目に見て貰えるだろうし、ちゃんと自分がしたことを反省していれば監督も許してくれると思う」

 それに、あれに関しては同室の増子先輩と倉持も悪い。
 早起きに慣れてない一年なんだから、ちゃんと起こしてやれば良かったのに。
 その後に御幸の口車に乗ったのは悪かったけど、それもどちらかといえば御幸の方が悪いから、ちゃんと謝れば沢村はそこまで怒られないと俺は予想した。

「おぉ、そんなアドバイスをくれるなんて先輩はなんて親切な人なんだ……! 自分、この御恩は一生忘れません!」

「ははは、そんなの別にいいから早く行って来いよ。朝飯、食いっぱぐれるぜ?」

「はいっ!」

 返事をするなり、沢村はさっきまでの疲れがどこに消えたのかと思うくらい勢いよく走って行った。

 元気の良い一年だな。
 沢村といえば去年に東先輩を三振に打ち取ったサウスポーも同じ名前だった筈だ。
 恐らく、あいつがそうなんだろう。
 まだ俺は沢村のピッチングを見たことがないから何とも言えないが、早く直接その投げっぷりを見てみたいものである。

 

   

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