ダイジョーブじゃない手術を受けた俺136

 一夜明け、万全の状態で臨む都大会の初戦。
 相手は無名の高校なのできっちりコールドゲームで試合を終わらせたいところだ。
 今日は練習試合を含めてもセンバツ以来の試合であり、久しぶりの舞台だから否が応でも気合が入って困る。
 球場自体は甲子園と比べると観客の数も少なくて寂しくはあるが、それも勝ち進めば良いだけなので、モチベーションを上げる為の一因とでも思っておくとしよう。

 1 ショート 倉持
 2 セカンド 小湊
 3 キャッチャー 御幸
 4 ファースト 結城
 5 ピッチャー 南雲
 6 センター 伊佐敷
 7 サード 増子
 8 レフト 坂井
 9 ライト 白州

 さて、今日のオーダーはちょっと変更が加わっていた。
 センバツの時はレフトにクリス先輩が入っていたが、今日の試合では代わりに三年の坂井先輩が入り、打順も何人か入れ替わっている。

 特に見て欲しいのは俺の打順だ。
 下位打線からクリーンナップに返り咲いている。
 以前にもこの打順に上がったことはあったんだが、力み過ぎたのかイマイチ結果を残すことが出来ずに後ろに下げられてしまったんだよな。
 二度も同じ轍は踏むまい。
 こうして初戦のマウンドも任せてもらえたのだし、投打ともで目に見える結果を残したい。

「──プレイボール!」

 と、そんなことを考えているうちに試合開始の合図が審判の口から告げられた。
 今日の試合でマスクを被るのは、御幸。
 もしかすると復帰したクリス先輩をこの機会に使ってくるかもしれないと思っていたが、そこはセンバツでキャッチャーを務め上げた御幸を監督は信頼しているのだろう。
 現時点では御幸がリードしているということかな。

 まぁ、昨日3イニングまでしか投げさせないと言っていたから、俺が交代するタイミングで先輩を出すつもりかもしれないけど。

「ガンガン打たせていいぞ!」

 誰かからそんな声が聞こえてくるが、悪いけどそう簡単にはバットに当てさせやしないって。
 すっかり疲れも抜けて万全の状態なんだ。
 少なくともさっき投げてみた感覚だと、内野に転ぶことはあっても外野まで飛ばされる気は全くしないな。

 ゆったりとしたフォームで、全身の力を余すことなく指先にあるボールへと注ぎ込み、御幸が構えた場所へと寸分違わず投げ込んでみせた。

 そして──ズドンッッ、と身体に響くような衝撃音が場内に響く。

「ストライクッ!」

 観客の数はそこまで多くはない筈だが、たった一つ空振りを奪っただけで歓声が立ち昇る。
 場内は完全に俺たちのホームと化していた。
 反対に相手チームからすれば周りの全てが敵に見えているんじゃないかな。
 だからと言って真剣勝負の最中に手心を加えてやろうなんてつもりは微塵も無いが。

「やっぱり試合は楽しいねぇ」

 やはり試合で投げている時が一番楽しい。
 今だけは、余計なことは考えずこの瞬間を全力で楽しむとしよう。

 

 ◆◆◆

 

 南雲の投球を観客席から眺め、拳を震わせている男──沢村 栄純。

「ま、マジかよ。あれがウチのエース……!」

 沢村はマウンドに君臨している南雲から目が離せなかった。
 誰かの投げる球をここまで凄いと……羨ましいと思ったのは今回が初めてである。
 正直、沢村は南雲のことを一年の中でも浮いている自分を気に掛けてくれる頼りになる先輩としか思っていなかった。
 つい昨日まで彼が青道のエースであることすら知らなかったくらいだ。

 自分が誰よりも優れた投手だと思ったことは無いが、それでも名門と呼ばれる青道にスカウトされたのだからそれなりの実力はあるのだと思っていた。

 しかし、こんな投球を見せられれば嫌でも自分との差を理解させられてしまう。

 いとも簡単に先頭バッターを三振に打ち取り、それがさも当然とでも言わんばかりに堂々としている南雲。
 球拾いどころか練習には一切参加できず、永遠とランニングをさせられ、同室の先輩からはマラソン選手にでもなるつもりかと揶揄される自分。
 言うまでもなく両者の間には大きな差がある。
 たった一つ歳が違うだけだというのに、ここまでの差があるとは夢にも思わなかった。

 必ずエースになる、そう地元にいる友人たちと約束した沢村だったが、それが如何に難しいことなのかようやく身に染みて分かったようだった。

(でも……それでも俺は勝ちたい。あの人に勝って、胸を張ってマウンドに立ちたい……!)

 ただ、不思議と諦めるという考えは沢村には無かった。
 絶対に勝てるとは口が裂けても言えないが、それは諦める理由にはならない。
 仲間との約束は、彼にとってそんな軽いものではないのだから。

(今のままじゃ駄目だ。自分に足りない物が多すぎて話にならねぇ。あー、クソ。今すぐグラウンドに戻って練習したいけど……先輩から目が離せねぇ!)

 球場が熱気に包まれる中、そうして沢村は南雲の投球をジッと観察し続けたのだった。

 

「……凄いな、あの人」

 そしてもう一人。
 青道のユニフォームを身にまとい、沢村と同様の視線を南雲に向ける男がいた。
 彼の名前は降谷 暁。
 これから先、沢村のライバルとして共に南雲へと挑むことになる一年生投手である。

 

   

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