○月◎日
憧れだったアンブレラ社で働き始めて、もうすぐ三年になる。
だが、はっきり言ってここは異常だ。
想像していた研究生活とはまるで違い、この場所は法律やら条例をいくつ破っているんだと言わんばかりの違法な研究所だった。
なんと言っても、ここでは生物兵器を作っているんだぜ?
そういうのは創作の世界だけで十分だ。
どこの秘密結社だって話だよ。
俺たち研究員は、始祖花とかいうよくわからん花から採取したウィルスの研究をやらされていて、時には動物どころか人間だって実験台として使っている。
一番怖いのは、そんな異常な状況に俺自身も慣れてしまったということだ。
人の悲鳴や変わり果てた姿を見ても、もうほとんど何も感じなくなってしまった。
自分が怖い……。
○月△日
今日は嫌なものを見ちまった。
普段は俺たち職員すら立ち入り禁止の区域があるんだが、上司から直々にそこへ行って被験体の生存確認をして来いと言われたんだ。
この研究所では至る所で薄気味悪い生物が大量に保管されているから、迂闊に歩き回りたくはなかったが、下っ端の俺に拒否権なんてものは存在しない。
嫌々ながら渡されたカードキーを使い、その区画に入っていった。
そこで見たものは、おそらく人間だった思う。
白くて長い髪に、紅い瞳を持った15歳くらいの……たぶん少年。
ただのアルビノかとも思ったが、この研究所で隔離されているくらいだから、きっとそれ以外にも何かあるんだろう。
その理由が碌でもないナニカだということはわかる。
出なきゃ手足を鎖で繋がれることなんてないはずだからな。
そして、そいつは弱々しい声で確かに言ったんだ。
俺に向かってはっきり『……助けて』ってな。
そんなこと言うんじゃねぇよ。
どうしようもないんだよ。
俺の仕事はお前の生存確認だけなんだよ。
その場からは逃げるように立ち去った。
一応その後、上司にあの子供はなんなのか聞いてみたが、今日のことは全て忘れろと言われた。
……酒を飲んで早く寝よう。
◯月≦日
俺は何をやっているんだろうか。
このアンブレラ社に入ったのは、大勢の命を救う手助けをしたいと思ったからだ。
いま俺がしている研究はむしろその逆である。
一体どこで間違えたんだ?
▲月¥日
どうやら研究所内で変な病気が蔓延しているようだ。
ウィルスの研究をしている場所で病気が流行るなんて恐怖でしかない。
しかも、噂では既にアンブレラの傭兵部隊が動いているらしく、感染していると思われる者を〝処理〟しているんだと。
要するに、これ以上感染が広がらないように殺して回っているってことだ。
どうやらアンブレラにとって、俺たち研究員も使い捨ての駒だったようだな。
はは……これが因果応報ってやつか。
あぁ、それと以前見たアルビノの子供のことが少しだけわかった。
どうやらあの少年はとある新しいウィルスを投与され、唯一完璧に適合している被験体らしい。
なんでもそのウィルスは、コウモリのDNAと始祖ウィルスを掛け合わせて造られたものなのだとか。
超人的な身体能力を得られる代わりに、人間の血液を定期的に摂取しないと衰弱していくという代物のようだ。
まるでヴァンパイアみたいだな。
ちなみに、この情報は上司のデスクを漁ったら出てきた。
バレたらクビだけじゃ済まないだろうが、別に良いさ。
このままじゃどうせ俺たちも死ぬんだからな。
▲月☆日
あぁ……クソッ!
身体が妙に熱くなって、自分でも信じられないくらいの飢餓感を感じる。
それと無性に身体中が痒い。
その症状のどれもが、『T-ウィルス』と呼ばれているウィルス兵器に感染した者の初期症状と同じだ。
だからたぶん俺も感染していると思う。
T-ウィルスに感染した人間はほぼ確実に死ぬ。
だが、コイツの本当に恐ろしい部分は、死んだ後に仮死状態という形で蘇ることだ。
蘇ると言っても決して良いことではない。
ウィルスに感染した者の末路は、ただ生者を求めて彷徨い歩き、そしてエネルギーを補給する為に食らいつくだけの化物に成り果てる。
簡単に言えばゾンビみたいな存在になるってことだ。
オカルトみたいな話だが、これはまったく冗談ではなく、実際に今この研究所で起こっている出来事である。
同僚たちの半分は既にアンブレラの傭兵部隊に処理されてしまった。
いま生き残っている奴らも、俺を含めていずれ同じ道を辿ることになる
自分の意識があるうちに殺されるか、もしくは化物に成り果ててから殺されるか……どっちの方がマシなんだろうな。
神様なんて信じちゃいないが、これは天罰なのかもしれない。
こんなイカれた場所はさっさと出て行くべきだった。
後悔しても、もう既に手遅れになってしまったが。
▲月※日
いよいよ研究員で残ったのは俺だけになった。
他の奴らはアンブレラのクソ共に消されたか、もしくは化物になってそこら中を唸りながら徘徊している。
アンブレラの連中は収集がつけられないと判断したらしく、一度この研究所から撤退していった。
これでしばらくは銃殺される危険は無くなった筈だ。
しかし、俺に残された時間はそう多くない。
最近は意識が飛んでいることがよくあるんだ。
いずれ俺も化物たちの仲間入りを果たすだろう。
……死にたくない。
▲月●日
無意識のうちに食い物を食い漁っていることが多くなってきた。
しかも遂に右腕の皮膚の一部が剥がれ落ちてしまい、肉が剥き出しの状態になっている。
だが、もうどうすることもできない。
徐々に自分の感情が薄れていっている自覚があるんだ。
完全に化物に成り下がるまで、精々残りの時間を楽しもう。
▲月∵日
どうやら人間ってのは死に直面すると、それまでの行いを悔い改めるらしい。
俺はもうじき死ぬ。
たぶん今日中に死ぬだろう。
だが不思議と恐怖はもう感じておらず、それよりも今まで自分が行ってきた非人道的な研究を後悔する気持ちが強くなってきていた。
だから最期に、あの時『助けて』と俺に言ったアルビノの少年を解放してやろうと思う。
それがせめてもの償いだ。
俺の意識があるうちに、早く……行かないと。
それにしても、腹が、ヘッタ。
ハヤく、行カないト。