俺の目の前で横たわっている男。
白衣を着ているところを見ると、彼もここの研究員の一人なのだろう。
それだけでも惨たらしく身体バラしたい衝動が湧いてくるが、なぜかこの男は俺の拘束を解き、あろうことか『すまなかった……』と謝罪したまま息絶えた。
言葉ひとつで許してやるほど優しくはないが、俺を解放した功績に免じて、この男のことは頭を踏み潰す程度で許してやろうと思う。
躊躇なく足を振り上げ、それを全力で横たわる男の頭部に振り下ろした。
――グシャ!
「よくやった。お前のおかげ俺はここから抜け出せる。アンブレラにいる人間にしては、ほんの少しだけ良心が残っていたらしいな。地獄で自らの行いを存分に悔いるがいい」
男の頭を足で破裂させ、そう吐き捨てた。
助けられたことには感謝しているが、それでも俺がアンブレラに受けた仕打ちを考えれば到底許せるものではない。
むしろ死体を破壊したくらいで止めておいたことに感謝して欲しいくらいだ。
この施設から脱出した後は、どんな手を使ってでもアンブレラを潰してみせる。
アンブレラの人間には生きたまま地獄の苦しみを味合わせてやるつもりだ。
それこそ永遠に、な。
しかし、そう意気込んでこの牢屋から出るために歩き出したものの、たった数歩前に進んで足をもつれさせて転んでしまった。
クソッ……!
拘束が解かれたとはいえ、今の俺は万全の状態とは程遠いらしい。
ここ最近は満足な食事も〝吸血〟もしていないので、今にも意識が飛びそうなくらい俺の身体は弱っている。
すぐにでも血が必要だ。
つい先ほど頭部を破壊した死体に目を向けるが、すぐにこの死体は駄目だとわかった。
確かに大量の血が流れている。
だが、ウィルスの感染が進みすぎていてこの男の血はきっと俺が飲めないくらいにマズいだろうし、下手すれば今よりも体調が悪くなる可能性すらあるのだ。
とてもじゃないがこれを飲もうとは思えなかった。
「この状態から回復する為には、最低でも生きた人間の血が必要だな。女の血であれば尚良い」
本来の力を取り戻すには、人間の新鮮な血液を体内に取り入れるしかない。
そうすれば俺の身体が再び活性化し、人間離れした能力を得られる筈だ。
アンブレラに復讐する為にも、俺はこんなところで死ぬ訳にはいかないからな。
女が良いというのは単純に俺の好みである。
死にそうな状況の今、そんな選り好みをするつもりはないが、それでも男の身体に噛み付いて血を飲むというのは想像するだけでも寒気がするからな。
なので、女に越したことはないという訳だ。
「ここが今どういう状況なのか、イマイチわからん。人間が生存してくれていることを願うばかりだが……どうだろうな」
研究員に感染が広がっているところを見ると、女どころか生存者がいるのかさえ怪しい。
最悪の場合、しばらくこの状態のままになるかもしれん。
想像するだけでも頭がおかしくなりそうだ。
鉛のように思い身体に鞭打って立ち上がり、今度は転ばないようにゆっくりと歩みを進める。
とりあえずは食料庫へ向かうとしよう。
根本的な解決にはならなくとも、普通の食料を食べればこの空腹感は多少紛らわせることができる筈だ。
捕まっていた部屋から出て、朧げな記憶を頼りに移動していく。
壁に寄り添いながら歩くのはひどく無様だろうが、そうでもしないと何度転ぶか分かったもんじゃない。
ゆっくりと、一歩ずつ確実に前へと進む。
そうして食料庫へ向かっていると、途中で幽鬼のように不気味な人間と遭遇した。
「――ヴゥゥ……」
その人間の目は正気を失い、全身の皮膚が腐り、唸り声を上げながら俺の方に向かってくる。
「感染者、か。この非常時に邪魔くせぇ」
さっきの白衣の男と同様に、コイツはとあるウィルスの感染者だと思われる。
それも感染してから随分時間が経っているようだ
確かアンブレラの研究者たちの間では、そもウィルスの名前は『T-ウィルス』と呼ばれていた。
簡単に言えば、人間をゾンビのような存在に変化させてしまう凶悪なウィルスだ。
これが作られた元々の目的は人間をゾンビにさせるものではなかったが、その過程で誕生してしまった兵器……という話を研究員が話しているのを聞いたことがある。
ただ、俺はあまり詳しくは知らない。
なんせ研究する側じゃなく、研究される側だったからな。
「ヴゥゥゥ……!」
おっと、今はそれどころじゃなかった。
まずはコイツをどうにかしないと、いくら俺でも今の弱体化している状態では、慎重に対処しなければマズイ。
身体をいくら破壊しても、コイツら感染者が動きを完全に止めることはないので、息の根を止める為には脳を破壊するしかないんだ。
確実に頭部を破壊する。
「――フッ!」
ゆっくりと近付いてくるゾンビに対し、十分に力を溜めてから頭に目掛けて全力で拳を叩き込んだ。
すると、グシャリと嫌な感触が右手から伝わってきてゾンビの頭が吹き飛んでいった。
「ぐっ……やっぱりキツいな。意識が飛びそうだ」
壁にもたれ掛かり、なんとか膝をつくまいと踏ん張る。
いま倒れるとそのまま気絶しかねないので、歯を食いしばって気力で持ち堪えた。
その後もウィルスの感染者と数回接触したが、幸いにも戦闘を行わずにやり過ごすことができたのは幸運だったと言えるだろう。
全快した俺の力なら簡単に排除できる雑魚共でも、今の状態では殺されてしまうかもしれないくらいに危険だ。
大勢で向かって来られると一溜まりもない。
……こんな雑魚相手に隠れなければならないなんて正直屈辱的だが、今は少しでも体力を温存しなければならないので、そんなことは些細な問題である。
そうして歩き続けていると、ようやく食料庫にたどり着いた。
部屋に入ると、非常時の為に蓄えられていた缶詰などが所狭しと並んでおり、これで多少は空腹感を紛らわせると安堵する。
だが、ここで嬉しい誤算が発生した。
「誰!?」
俺の声ではない、高く鋭い金切り声が響く。
俺の前に現れたのは白衣を着た女だった。
そして彼女を見た瞬間に、全身の血が沸き立つような感じがしたのだ。
――血を飲ませろ、と。