練習が終わったので風呂に入ってサッパリして来た。
疲れた後の風呂は最高だと思う。
部員の中には烏の行水みたいにパパッと済ませる愚か者がいるみたいだけど、俺に言わせれば人生の半分は損をしていると言いたい。
風呂には疲労回復効果やリラックス効果があるし、何より人間には1日のどこかで落ち着ける時間が必要だ。
湯船に浸かっているだけで、明日の練習も頑張ろうという気になるから絶対に入った方がいい。
ま、長湯は身体に毒だから何事も程々が一番だけどね。
さて、そんなことを考えている俺は今、自分の部屋の前にいる。
かれこれ十分ほどこうして部屋の前を行ったり来たりしながらも、結局室内には入室できずにいた。
何故かと言うと、今さらながら先輩相手に言い過ぎたと後悔し始めているんだ。
……めちゃくちゃ気まずいんだが、どうすればいい?
よく考えてもみてくれ。
後輩の身でありながら、さっきとてつもなく生意気かつ失礼なことをクリス先輩に言い放っているんだぜ?
ドヤ顔で説教した俺は一体、どういう顔をして会えばいいんだ?
「うーん、ものすごいハイテンションで押し切れば……いやいや、クリス先輩の性格を考えるとそれは逆効果だ。それならいっそどんよりした雰囲気で……それだと俺が耐えられないな。穏便かつ後腐れが無いようにしないといけないのに」
ハイテンションで押し切ろうにも、相手はあのクリスさんだ。
落ち着いた声で『……何をそんなにはしゃいでいる? 俺が怪我をしていたのがそんなに嬉しいのか?』と言われたら怖すぎる。
そんな事は言われないとは思うが、だとしても場違い感は否めない。
ならばこちらもどんよりした空気を出せば、それはそれで俺がしんどいんだよ。
シリアスな展開はお肌に合わないんです。
考えただけでもぐったりしてしまう。
難攻不落のクリス城を落とすにはどうすれば良いんだろうか。
クマさん任せにしてさっさと寝てしまうか?
それとも、いっそ今日は別の部屋に――。
「そんな所で何をやっている?」
「ひゃい!?」
考え込んでいた俺のすぐ後ろから聞き覚えのある声がしたが、それにビックリし過ぎて声が裏返ってしまった。
恥ずかしい。
飛び上がるような気持ちで後ろに振り向くと、驚いた俺に驚いているクリス先輩の姿があった。
「急に大声を出すな。驚くだろう。それよりも、こんな所で突っ立ってどうしたんだ?」
「……いやー、ほら、ね? 俺って先輩に結構生意気なことを言っちゃったじゃないですか。それからどういう顔をして会えばいいかなーと」
まさか本人とここで出くわすなんて思いもしなかった……。
それなら迷わずさっさと入ってれば良かったな。
しかし、そんな俺の不安をよそにクリス先輩はフッ、といつもの笑みを浮かべる。
「お前が生意気なのは初めからだ。気にすることはない。むしろ、一年の中でズバ抜けて生意気な態度だったお前が、何故今になってそんなことを気にしているんだ」
え?
俺ってそんなに生意気なやつだったん?
自分ではちょっとだけ元気が良いくらいの後輩だと思ってたんだけど……。
「それに、俺はお前に感謝しているんだぞ? 南雲に言われなければ、俺はきっと完全に壊れるまでプレーを続けていただろうからな。改めて言うが、ありがとう」
「や、やめてくださいよ! そんな風に改まった態度で言われると、身体中がむず痒くなりますから!」
「ふむ、南雲はストレートにお礼を言われると弱いのか。まぁそれは置いておいて、とりあえず部屋に入ろう。南雲と田島さんに話があるんだ。俺の今後について、な」
「……はーい」
二人揃って中に入ると、田島先輩が机に座って何やらノートに書き込んでいる所だった。
あれは多分野球ノートだな。
自分の課題とか目標、悩みなんかを書き込んで監督と交流するってやつ。
俺もこの前、『エース番号! 全国優勝! 最強投手!』と書いて提出したところだ。
もちろん再提出となったのは言うまでもない。
「田島先輩、少し良いですか?」
「ん、どうしたんだクリス。また南雲が何かやらかしたのか?」
「いえ、今回は南雲じゃなく俺に問題があるんです」
「ほぅ? それは珍しい。ちょっと待て、もうすぐこれが書き終わるから」
なぜ話があるイコール俺がやらかした事になるのか問い詰めたいが、今はやめておく。
そうして一分も経たないうちに書き物を終わらせたクマさんはこちらへと向き直った。
「――よし、終わった。それで話ってなんだ?」
「突然ですが、明日から俺は戦力から外れる事になりました」
「……なに? 一体どういうことだ? 詳しく話してくれ」
「実は――」
突然の報告に流石のクマさんも表情が硬くなる。
そりゃ突然主戦力の一人が戦線から離脱するなんて言われたら、誰だってそうなるよね。
しかも青道にとってクリス先輩は特別だ。
実力的にも精神的にも、間違いなく青道の柱の一人である。
だから衝撃もその分大きいだろうし、困惑するのも無理はない。
最後まで話を聞いたクマさんは、申し訳なさそうな顔をクリス先輩に向けていた。
「そう、だったのか。すまんな。お前の怪我に気付いてやれなくて……」
「俺の方こそ大事な時期に離脱してしまってすみません」
二人とも根が真面目だから譲り合いみたいになっている。
見ている分には面白いんだけど、ここは俺が一つ、いい感じにまとめてみよう。
「安心してください! クリス先輩の代わりに、俺が責任持ってこのチームを甲子園に連れて行きますから。だから先輩は、しっかり怪我を治してから戻ってきてください。青道には絶対、クリス先輩が必要ですよ。ねっ、田島先輩?」
「……ああ、もちろんだ。俺はお前の怪我に気付いてやれないような不甲斐ない先輩かもしれないが、それでもお前が戻ってこれるだけの時間は作ってみせる。焦らず、しっかりと怪我を治して戻って来い」
「南雲、田島さん……。二人にそこまで言われたら、俺も悩んでいるばかりじゃいられないな。いつ復帰できるか分からないが、どんなリハビリでもやってやるさ。田島さん、南雲の面倒をお願いします」
「任せれた」
……うん?
今の流れだと俺の面倒が大変だという意味にも取れるんだが?
ま、気の所為か!
ハハハ!