準決勝であえなく敗北してしまった青道の選手一同は、最悪の雰囲気のまま学校まで戻って来ていた。
それも無理はない。
南雲が投げている間は完全に青道のペースで試合が運んでいたのに、あのデッドボールによって退場した後、逆転負けを喫してしまったのだから。
投手の実力では間違いなく青道が上回っていたが、今日の試合に勝てなかったのは他の選手達の実力不足だと、そう言われているようなものだ。
ただ負けるよりも数倍悔しいだろう。
強豪校として毎日厳しい練習を耐え抜いてきていたという自信やプライドを、完膚なきまでにズタズタに切り裂かれてしまったと感じる選手も少なくない。
そして、夕食を食べた後、屋外で一心不乱にバットを振り続けている御幸もその一人であった。
(あぁ、クソッ! マジで不甲斐ない。何やってんだよ、俺は!)
試合で負けが決まってからの記憶が曖昧だ。
気付いたらバスに乗っていて知らぬ間に高校まで帰って来ていたとさえ思う。
それだけ今日の試合の敗北が彼に重くのし掛かっていた。
負けたことが悔しいのではない。
もちろんそれもあるが、一番はやはり――相棒の意思を繋ぐことが出来なかったという事だった。
南雲は全国の舞台で戦うことを望んでいた。
そして御幸自身も、高校野球最高の舞台で南雲の球を受けたいと思っていたのだ。
目を閉じれば鮮明にあの時の光景が浮かんでくる。
南雲の頭部へと向かうボール、そしてそれが直撃してしまいピクリとも動かなくなった友人の身体。
もしも自分たちが今日と次の試合に勝って甲子園の出場さえ決めていれば、頭にボールが当たったくらい直ぐにでも復帰して、彼は更なる成長を遂げていたに違いない。
今まで後悔して来たことは多くあったが、御幸の中では今日の試合が一番の後悔であると言い切れる。
アクシデントにより退場していった南雲を次に繋げてやることこそ、相棒たる自分の役目だったはずなのに。
ごちゃ混ぜになった感情の全てをバットに込め、御幸はバットを振り続ける。
すると、そうして我武者羅にバット振っていた御幸の元へ近づく影がひとつ。
「よぉ、ちょっといいか?」
声をかけて来たのは同じ一年の倉持だった。
今は一人にしておいて欲しいと思いつつも、同級生相手に八つ当たりするなどみっともない真似は出来ず、手を止めてしっかりと向き直る。
その時に見えた倉持の表情が自分と同じくらい酷いもので、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。
「なんだよ」
「さっき高島先生から学校に連絡があって、南雲が目を覚ましたってさ」
「本当か!?」
「ああ。意識もはっきりしているから、医者の話ではすぐに退院出来るんだとよ。流石に数日は検査の為にも入院するらしいけど」
安堵から思わず笑みがこぼれてしまうが、それでもまたすぐに険しい表情へと戻ってしまう。
南雲が無事に目を覚ましてくれたのはもちろん嬉しいのだが、彼とどんな顔をして会えば良いのかがわからない。
なんせ自分たちが無力だったせいで、南雲が作ってくれた決定的な勝ち筋を潰してしまったのだ。
『あのまま南雲ってやつが投げていれば勝ってたのにな』
『青道がここまで勝ち上がって来れたのも彼がいたからだろ』
『南雲君が無事なら来年に期待って感じだな』
球場からの帰り際、口さがない観客から聞こえて来た声はまだはっきりと耳に残っている。
もちろんこれらには反論したい所はあるが、今日の試合はそう言われても仕方ない内容だったのも事実だ。
そんな関係は果たして対等なチームメイトと言えるのか。
信頼しあえる相棒と言えるのか。
考えれば考えるほど、そんなマイナスな感情が御幸の中に生まれてしまう。
「……南雲が目を覚ましたんなら、明日はお見舞いにでも行かなきゃな」
だが、自分たちはそれでも前に進まなければならない。
高校野球の三年間などあっという間だ。
うじうじ悩んでいれば、その貴重な時間が無駄になってしまう。
「明日は午前も午後も珍しく練習が無いみたいだし、オレも行くよ」
「わかった。それじゃあ俺の方から礼ちゃんに連絡しとく」
「おう」
すると、奇妙な沈黙が二人の間に生まれた。
遠くから誰かの話し声が微かに聞こえてくるほどの静けさで、それが今の二人の気分を表しているようだった。
お互いに友人と会うだけなのにもかかわらず、こんなにも気が重いのは始めてである。
そして最初にこの沈黙を破ったのは倉持だった。
「なぁ御幸、あいつに会ったらなんて言えば良いと思う?」
「俺にもわかんねぇよ、そんなこと」
「だよな……」
南雲が退場してしまった後に逆転されたなど、情けなくて報告できない。
けれど、これは避けて通ることは出来ない道でもある。
あれだけチームに勢いをもたらした南雲に報いることができなかったとなれば、愛想を尽かされても仕方がないとすら思う。
いっそ殴られた方が気が楽になるかもしれない。
「――でも、それでも俺はまた南雲と一緒に野球がしたい。だからあいつがもしも、俺たちに呆れてたり怒ったりしているんなら、その時は土下座でも何でもするさ。それから、また一緒に戦う。今度はあいつだけに任せたりしせず、ちゃんと隣に立てるようにな」
「ヒャハハ! そうだな。そん時は一緒に謝ろうぜ」
今できる精一杯の笑みを浮かべ、二人はぎこちなく笑い合ったのだった。