ダイジョーブじゃない手術を受けた俺107

 やはり決勝戦は一番注目度が高いらしく、スタンドにはこれまでの試合以上の観客が押し寄せている。
 学校からも応援に駆けつけて来てくれている生徒も多いみたい。
 チア部とかブラスバンド部もバッチリ準備してくれていて、こっちも身が引き締まるというものだ。

 一方でそれだけ今日の試合が注目されているってことだけど、俺に緊張は微塵も無かった。
 むしろ昨日からワクワクしっぱなしである。
 結局昨日は中々寝付けなかったしね! 

『秋季東京都大会決勝戦。東西合わせ254校が競い合い、残ったのはこの2校。去年も甲子園へと進んだ文句なしの強豪──市大三高。片や今大会ナンバーワンの注目度を誇る古豪──青道。どちらが勝ってもおかしくない一戦です!』

 向こう側のベンチには市大三高の選手と監督の姿が見える。
 お、あれが市大三高のエースである真中さんだな。
 確か丹波先輩の中学時代のチームメイトで、当時からエースとしての才覚を発揮していた選手なんだとか。
 大舞台での経験値は俺よりもありそうだ。

 そして、俺と今日投げ合う相手でもある。

「──今日の試合は一点が勝敗を分ける厳しい戦いになる。一つのミスが、一つの油断が、チームの敗北に繋がると思ってプレーしろ。いいな?」

『はいっ!』

 チーム全体の士気はかなり高い。
 この試合に勝てば甲子園だからということもあるが、それ以上に今回の大会で青道が更に大きく強いチームに進化したからかもしれないな。
 東先輩やクマさんが抜けた穴は正直かなり大きかったけど、今なら前チームの打撃力と比べても何ら遜色ないと思う。

「初回から点を取るつもりでバットを振っていけ。ただ、力任せな大振りのスイングは必要ない。練習通りのスイングをすれば良いんだ。向こうのエースは確かに強敵だが、お前たちが打ち崩せない相手ではない。自分たちの努力を信じろ」

『はいっっ!』

 努力を信じろ、か。
 相変わらず熱くてかっこいいことを言ってくれる。
 そんなことを言われちゃうと嫌でもやる気になってしまうじゃないか。
 まぁ、俺は最初からやる気MAXの絶好調だけどね。

 そうして監督から発破をかけられて試合へと臨む青道ナイン。
 ウチは先攻なんだけど、今日のオーダーはいつもと少し違っている。

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 1 ショート 倉持
 2 セカンド 小湊
 3 ライト クリス
 4 ファースト 結城
 5 キャッチャー 御幸
 6 センター 伊佐敷
 7 サード 増子
 8 ピッチャー 南雲
 9 レフト 坂井

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 一番と二番は変わらず倉持と小湊先輩が、ただ三番にライトでクリス先輩がスタメン出場しているんだ。
 もちろん身体に違和感を感じたらすぐに交代である。
 それから俺が八番に降格という悲劇……。
 まぁ、毎回三振が多いから仕方ないけどさ。
 これでもミートがしにくい木製バットでトレーニングしてるんだけどなぁ。

「ヒャハハハ! かっ飛ばすぜ!」

 俺が微妙に落ち込んでいる間に一番バッターである倉持が打席に入っていった。
 バットをブンブン振り回し、如何にも自分はパワーヒッターだと言わんばかりのスイングをして威嚇している。
 しかし、それは全くのハッタリだろう。
 あいつの武器は単純な長打力ではなく、相手バッテリーを精神的に揺さぶる脚力なのだから

『あぁっと!? まさかの初球からセーフティバントだ! しかもこれは面白い所に転がったぞ……!?』

 さっきの豪快な素振りからは程遠い俊敏なスタートダッシュを切る倉持。
 相手もこちらの研究はしているだろうから倉持の足には警戒していた筈だが、初球からいきなりのセーフティバントで相手の意表を上手く突けたらしい。
 しかもボールが転がった場所はサードラインのファールゾーンギリギリの場所で、ピッチャーとサードのちょうど中間あたりのどちらが処理するか迷ってしまう難しいゴロだった。

「任せろ!」

 と、お互いに迷ってしまう前にピッチャー自らがゴロの処理に名乗り出た。
 流石に強豪なだけあって淀みのない好フィールディングだな。
 これが普通のバッターならば余裕でアウトになっただろう。
 普通のバッターなら、ね。

 ファーストへの送球が届くのとほぼ同時に倉持の足がベースに到着する。
 塁審の判定は……セーフ! 

「ヒャハハハ!」

 あいつもすっかり先頭打者が板に付いてきたな。
 確かに入学した時からチーム内で一番足が速かったけど、足の速さだけでは絶対に一番バッターにはなれない。
 あそこまで成長出来たのは間違いなく努力の結果だろう。

 そして続く小湊先輩は際どい球を悉くスルーし、打てそうな球だけを狙い打ちすることを徹底しているようだった。
 相手の真中さんは基本的に甘い球を投げてこないと思って良い。
 ただ、それでも数を投げれば多少ボールが中心に寄ったり、外に外れてしまったりすることがある。
 一人の打者に対しての球数が多くなればなるほど、そういう小さいミスが起こりやすくなるのがピッチングだ。

 小湊先輩はストライクゾーンに入ってきた球をファールで粘り、際どいコースは見逃し、明らかなボール球には目もくれない。
 そうして10球ほど粘ってカウントはフルカウントへ。

『──小湊、難しい球をよく見送りました! フルカウントからのフォアボール。市大三高はノーアウトで二人のランナーを出してしまいました。これはバッテリーにとっては早くも嫌な展開です!』

 結果は外角に外れた直球を見送ってのフォアボール。
 倉持が足を活かして出塁し、小湊先輩が技術を活かしてそれに続く……これが青道の一、二番コンビの黄金パターンだ。
 試合の始まりはこうなることが結構ある。
 俺たちにとっては初回から得点する大チャンスだが、相手にとってはいきなりの大ピンチで少なからず焦りが生まれるだろう。

 そして次の三番バッターは──クリス先輩! 
 ノーアウト一、二塁というこのチャンスで、一番頼りになるバッターに打順が回って来た。
 今のところチームでトップの打率を誇るスラッガーであり、四番の哲さんに勝るとも劣らない最強打者だ。
 否が応にも期待が高まる。

『三番バッター、クリス。青道高校でも屈指のスラッガーが、今ゆっくりと打席に入ります!』

 クリス先輩に緊張している様子は見えない。
 だが、それとは対照的にベンチからでも真中さんの苦しそうな表情が見えた。

 

   

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