初回の攻撃を三人で抑えた俺は小走りでベンチへと戻る。
今日は全体的にボールのキレがいつもより良く、大体七割くらいの力でも余裕を持って抑えることが出来た。
センバツの疲れが残っているかとも少し考えていたけど、どうやら杞憂だったみたいだ。
流石に全ての試合で登板していれば身体に物凄い負担が掛かっていただろうが、丹波先輩とノリが奮闘してくれていたから実際そこまで投げた球数は多くなかった。
それが身体から疲れが早く抜けた理由だろう。
「いい感じだったな。今日の相手だったら、このまま温存したままでも大丈夫そうだ。今日の試合で何か投げておきたい球種とかがあれば聞くけど?」
「んー、特にないかな。強いて言うならきっちり3イニングを投げ切って、新しく入った一年にエースの力を見せつけてやりたいってくらいだ。一年の中には俺がエースだって知らないやつもいるみたいだし」
「は? ……あぁ、沢村のことか」
「その通り。よく分かったな」
今後、後輩に舐められないように今日の試合でちゃんと実力を見せつけねばならない。
これは俺のプライドの問題である。
「心配しなくても、ウチに入部してお前の名前を知らないのは多分あいつだけだろうさ。そういえば何故か応援に来るのを渋ってみたいだけど、結局今日は来てんの?」
「うん。今朝、俺が無理やり連れてきた。自分のとこのエースがどんなピッチングをするのか、自分の目で見ておいて損は無いだろうからな」
本人は自分が出ていない試合なんて心から応援できないから行かない方が良いと、そんな一丁前なことを言っていたが、そこは沢村の為にも無理やり球場に連れて来てやった。
沢村の気持ちも分かるんだけど、一度くらいは自分のいるチームの強さを直接見ておいた方が良いと思って。
あいつもスタンドで俺のピッチングを見ていた筈だから、これで少しくらいは俺の凄さが分かったかな?
「妙にあいつを気に入っているよな。同じピッチャーとして何か感じるものでもあったのか?」
「さぁ、どうだろ。ただ面白いやつではあると思うよ」
鷲掴みの握りで遠投を90メートルも飛ばしたみたいだし。
普通はそんな握り方だと力が上手く伝わらないから、90メートルも飛ばすなんて難しいんだけどな。
それが出来るってのは多分すごいと思う。
実際に見た訳じゃないから何とも言えないけど。
「それよりもさ、なんで昨日の内に先発を発表しておかなかったのか知ってるか? 予め言われていた方がこっちも気持ちを作りやすいと思うんだけど」
「さぁ、何でだろうな。打順もちょっとだけ変わっているし。俺たちの精神的な部分でも試そうとしてんじゃねーの?」
精神的な部分、ねぇ。
こう言っちゃなんだが、多少動揺があったとしても今日の相手に俺たちが負けるとは到底思えないんだよな。
これは油断とか慢心とかではなく、揺るぎない自信というやつだ。
現に他のレギュラー陣も誰一人として緊張している様子の者はいない。
「おっ、倉持が打った」
話している間にも先頭バッターの倉持がセンター前に綺麗にはじき返して出塁した。
……うん、今は監督の考えを探るよりも応援する方が優先だな。
この件は風呂で監督と一緒になった時にでも聞いてみるとしよう。
「あいつもしっかり仕事しているし、俺も続くとしようかね」
「頼んだ」
その後、倉持は盗塁で二塁まで進み、小湊先輩がライト前に鋭い当たりを放つと二塁にいた倉持は俊足を活かしてあっという間にホームまで返り、青道はいとも簡単に先制点を獲得した。
さらに宣言通りに御幸もヒットで出塁してチャンスを広げる。
続く哲さん、俺、伊佐敷先輩と次々連打して苛烈な攻撃を畳みかけた。
相手がどんなチームであれ一切手は抜かない。
初回から大幅にリードした青道。
勢いに乗った状態はそのまま続き、結果的に5回コールド試合となった。
俺は3イニングをパーフェクトで切り抜け、代わってリリーフとしてマウンドに上がったノリも失点なく、文句なしの試合内容だろう。
こうして青道は都大会初戦を圧勝という、いいスタートダッシュを決めることが出来たのだった。