ビーストマンという種族は、トラやライオンを人型にしたような姿であり、身体能力は人間の10倍とも言われている。
そして彼らは肉食のため、街を築いている人間達のことを食料が集まっている程度にしか思っていないようだ。
彼らが食料を調達する手段といえば狩りや略奪であり、基本的に自分達で家畜を育てたりすることはない。
何しろそんな面倒な真似をしなくとも、家畜同然の人間は勝手に増えていくのだから不要とでも思っているのだろう。
竜王国はもちろんだが、過去に遡れば多くの人間の都市がビーストマンによって滅ぼされていた。
彼らに滅ぼされた街や村というのは、文字通り全てを食い荒らされる。
それには男も女も、子供も老人も関係無い。
人間が家畜を食うことに対して罪悪感が湧かないように、ビーストマンも人間を食うことに対して罪悪感は微塵も無いのである。
「おっかない種族だよな。そんなおっかない種族を前にしたら……今から楽しくなっちゃうじゃないか」
オロチは眼下に群れているビーストマンを見下ろしながら、ニヤリと嗤った。
アインズからの情報で既に知っていたが、ビーストマン達の本拠地というのは、かつて人間が住んでいたであろう街だった。
それなりに大きい街だが、エ・ランテルよりは小さいように思える。
かつては人間の町であったはずだが、ここで暮らしていたと思われる人間の姿は一人も見当たらない。
居るのは二足歩行をしている凶暴そうなトラやライオンだけであり、数だけで言えば数万体くらいはいるように見えた。
「オロチ様、準備が整いました。いつでも作戦を開始できます」
「そうか、じゃあ早速始めるとしよう。お前達も心の準備はいいか?」
そう言ってオロチは、未だ表情に硬さが残るクレマンティーヌとハムスケに視線を向けた。
「正直今すぐ逃げたいくらいなんだけど、ご主人様に褒められるように頑張るよー」
「某も、同じく」
やはりビーストマンがあれだけ集まる場所に突っ込むのは、彼女達であっても尻込みしてしまうらしい。
オロチの目から見ると、表情どころか身体の動きが普段よりも格段に硬かった。
訓練で発揮しているような動き出せれば切り抜けられる場面でも、このままでは思わぬ怪我を負ってしまう可能がある。
当然、こんな所でこの二人を死なせるつもりは微塵もない。
オロチにとってクレマンティーヌとハムスケは、ナーベラルをはじめとしたナザリックの者達には及ばないまでも、既にペット兼仲間として認めているのだから。
「そう心配するな。お前達が担当するのは俺が討ち漏らした奴だけだ。それに、クレマンティーヌにはナーベラルを、ハムスケにはコンスケをそれぞれ護衛として付けるんだぞ? 死ぬ可能性はほとんど無いだろう」
そう言いつつも、もしもオロチが本気でビーストマンを攻撃すれば、レベル10台程度しかないビーストマン達では碌な反撃もできずに全滅することは間違いない。
故に、クレマンティーヌとハムスケが対象できるくらいの数を調整し、わざと討ち漏らす予定だった。
(戦っている内に身体の硬さも取れると思うし、ナーベラルとコンスケが護衛として付いている。それにまぁ、最悪死んでも生き返らせればいいしな。蘇生できない可能性もあるから、出来れば使いたくないけど)
蘇生を行う為には当然だが死体が必要だ。
だがもし、ビーストマンに身体を丸ごと食われてしまえば、そこから死体を回収することは非常に困難である。
なのでナーベラルとコンスケには、最悪死体だけは必ず回収するようにと言い聞かせてあった。
「じゃあ、作戦の説明をするぞ。一度しか言わないからよく聞けよ」
皆が一斉にオロチの言葉に頷く。
「まず、俺が持っているアイテムを使って、ビーストマンが占拠しているあの街に結界を張る。その結界は外からは中に入れるが、反対に中から外に出ることはできない。だから俺がそのまま突入するから、その後にお前達が入ってこい。そこからは、ただひたすらにビーストマンを刈り取るだけ。制限時間は結界の効果が切れる3時間だ。散らばって逃げられると面倒だから、結界の効果が切れる前に終わらせるぞ」
「その結界ってどれくらいの強度なの?」
「そうだな……第八位階魔法以上の魔法を数発撃ち込まれたら流石に壊れる。ま、ビーストマンに破壊することは不可能だろう」
「……ビーストマンじゃなくても無理だと思うよ? 第八位階魔法が使える人なんて、今まで番外席次くらいしか聞いたことないし」
クレマンティーヌは主人であるオロチの規格外さを改めて実感した。
自分の中の常識では、そもそも人間が扱える魔法は第五位階魔法までが限界なのだ。
それ以上は大規模な儀式を行なってようやく発動する、かもしれないというレベルである。
人の枠組みから外れているスレイン法国の番外席次でさえ、第八位階魔法など気軽に放てるものではなかった。
だがオロチの言葉からは、『第八位階程度』そんなニュアンスが含まれているような気がしてならないのだ。
それはつまり、自分はそれを超える攻撃手段を持っている、そんな風に受け取っても間違いではないのだろう。
そう思えば不思議とビーストマンに対する恐怖心が薄れていく。
というより、これほどの力を持っているオロチが味方にいる時点で、ビーストマン程度には恐れる必要がないことにようやく気がついたのである。
「今更ではござるが、某はとんでもない御仁の配下になったのでござるな……」
クレマンティーヌが内心で思っていたことをハムスケが代弁した。
「本当に今更ですね。これほどまでオロチ様の側にいながら理解していないなど、アナタにはもう一度教育が必要なようです」
「……お手柔らかにお願いするでござる」
どうやらハムスケの言葉は完全な失言だったようだ。
オロチは一切気にしていないが、それは別にナーベラルも気にしないというわけではない。
ハムスケは別にオロチを軽んじていたつもりはなかったが、彼女からするとそれほど大差ないのだろう。
そして同僚とも言える存在の再教育が決定した時、クレマンティーヌは密かに安堵していた。
危うく自分も同じようなことを口走ってしまいそうになっていたので、自分がそれを受ける可能性も十分にあったのだ。
いつもは何かとハムスケのことを苛めていたクレマンティーヌだったが、この時ばかりは身代わりとなったハムスケに感謝した。
「さて、そろそろ無駄話は終わりだ。気を引き締めろ」
いつも通りの会話をすることで、完全に硬さが取れたクレマンティーヌとハムスケのふたり。
ナーベラルにそういった意識があったのかは不明だが、結果的に言えばそれはプラスに働いたようだ。
「――始めようか、一方的な殺戮を」
ジッと見つめる先には、数万はいるであろう数のビーストマン。
鬼としての闘争本能が刺激され、オロチの紅い瞳が妖しく輝いていた。