鬼神と死の支配者62

「オロチ様、お待たせして申し訳ありません。無事に情報を吐かせることに成功しました」

 木陰に消えていったナーベラルは、2、3分ほど経過すると戻ってきた。
 しかし、首根っこを掴んで共に消えていった男の姿はどこにもなく、それに気づいた男の仲間達はもはや血の気が感じられないほど真っ青になっている。

「死体はちゃんと例の袋に放り込んだか?」

「はい。身体の損傷はほとんど残していないので、良い素材になると思います」

 そう言って彼女は、一見するとただの袋にしか見えないものをオロチに渡す。

 そんな二人の会話を聞いていた者達は、『やはり殺されたのか……』といったような表情を浮かべ、次に『素材?』と疑問を抱いた。
 連れて行かれた男が殺されたのは容易に想像できたが、良い素材になるという言葉の意味を理解できなかったのである。

(まさか自分達がアンデッドの素材になるなんて思いもしてないだろうな)

 実はオロチは、アインズからできるだけ死体を集めて欲しいという要望を受けていた。
 アインズのスキルによって死体からアンデッドを作成することができるので、これから行う予定のビーストマン討伐によって出るであろう大量の死体を回収して欲しいと依頼されているのだ。

 人間の死体もあって困るということは無いので、ついでに死体を回収しておいたのだった。

 ちなみに、セラブレイトとの勝負ではビーストマンの尻尾が討伐証明となるため切り落とさなければならないが、その程度であればアンデッド作成に支障は無いらしい。
 アインズほどのレベルになると、多少の損傷であればアンデッドの性能に影響しないという話だった。

 そしてナーベラルがオロチに手渡した袋は、一種のアイテムストレージのような効果があるものだ。
 ただ、通常のストレージと唯一違う点は中身が共有されるということである。

 今オロチが持っている袋と同じものをアインズも持っているのだが、先ほどナーベラルが回収した死体をアインズの袋からも取り出せるという便利な品物なのだ。
 これにより、タイムラグ無しで死体をナザリックにいるアインズの元に送れるという寸法だった。

 もっとも、それをわざわざ捕まっている者達に説明してやるつもりは一切なかったが。

「な、なぁ頼むよ。俺には女房も子供もいるんだ。だからこんな所で死ぬわけにはいかない。それに、俺達はアンタらを尾行していたけ――」

「コイツらはもう不要だ。やれ」

 命乞いをしてきた男の声を遮るようにしてオロチが声を上げる。
 今まで彼らを生かしておいたのは、あくまで情報抜き取れなかった時の保険だった。

 しかし、ナーベラルによって粗方の情報を得ることができた今、既に彼らは用済みになっているのだ。

「かしこまりました」

「はーいっ」

 ナーベラルとクレマンティーヌがそれぞれ返事を返し、オロチからの命令を実行に移す。

「なっ! や、やめ――」

「俺はまだ死にた――」

 各々が断末魔を叫び、無慈悲に殺されていく。

 もちろん必死に抵抗しているのだが、事前にしっかりと拘束してあるのであまり意味を成さなかった。
 それに、元々遥かに格上であるナーベラルとクレマンティーヌに命を狙われれば、例え拘束されていなくとも逃げることなどできなかっただろう。

 そうして1分も経たない内に屍の山が出来上がった。
 彼らの死に際の顔は様々だったが、共通しているのはどの死体も最小限の損傷しかないということだ。

 中でもクレマンティーヌがトドメをさした者達は、レイピアで喉をひと突きにしてあり、外的損傷はほとんどない。
 単純な戦闘力はともかく、殺しの技術に関してはやはりナーベラルよりも彼女の方が上のようである。

「じゃあ、さっさと死体を回収して出発しよう。こんなところで無駄に時間を使ってしまったから、早いとこ遅れを取り戻さないと」

 10人以上の死体を前にしても、オロチの心に罪悪感など微塵も湧いていなかった。

 彼は異業種が大半を占めるナザリックに於いて、全体から見ればまだ良心を持っている部類に入るかもしれないが、それでも敵に見せるような甘さを持っているわけではないのだ。

 目障りな害虫に慈悲など与えないのである。

「大殿、これよりビーストマンの本拠地を襲撃するということでござるが、具体的な情報は分かっているのでござるか? いくら大殿でも敵地に突っ込むのは危険でござるよ?」

 未だにビーストマン襲撃に乗り気ではないハムスケが、僅かな希望を抱いてオロチにそんなことを訪ねた。

「ちゃんとナザリックの兵士が上空から確認している。そんなに心配しなくたって、ビーストマン達の戦力も位置も全て把握しているさ」

「……それは良かったでござるよ」

 しかし、自分が思っていた以上に万全の準備が整っており、ハムスケの忠告は即座に切り捨てられる。

 ビーストマンの情報は全てアインズから回ってきていて、彼の慎重な性格を考えれば信憑性はかなり高い。
 それこそ竜王国が有している情報よりも高い可能性だってある。
 ナザリックの戦力を使えば、ビーストマンの偵察を行うことくらい簡単なことなのだから。

「コンスケにハムスケの護衛をしてもらう予定だから大丈夫だ。ただ、死にそうになるくらいまで手を出さないように言ってあるけど」

 ハムスケとビーストマンが一対一で相対した時、勝つのは当然ハムスケの方だ。
 これでもハムスケはこの世界の魔獣としてはそれなりの強さを持っているので、ビーストマン如きに遅れを取ることはまずないと言っていい。

 だが、大勢のビーストマンに囲まれると危険であることは間違いなかった。
 ハムスケよりも強いクレマンティーヌでさえ命の危険を感じているのだから、それよりも劣るハムスケが怯えても仕方ないのである。

「おぉ! 殿が居てくださるのなら安心でござるな。このハムスケ、例え地獄にでもお供するでござるよ!」

 コンスケが護衛につくと聞いたハムスケは、それまでの態度を即座に一変させ、まるで水を得た魚のように元気になった。

 やる気があるのは何よりだが、緊張感が無さすぎても困る。
 それに、この先もっと激しい戦闘があるかもしれないと考えれば、ビーストマン程度で練習しておくのは決して悪いことではないのだ。

 故にオロチは少しだけ発破をかけることにした。

「コンスケ、本当に瀕死になるまでは手を貸すなよ? 中途半端に追い込んでも、それじゃあハムスケの為にならないからな」

「きゅい? きゅい!」

 コンスケが『そうなの? わかった!』と元気に鳴き声を上げた。

「……急にお腹が痛くなってきたでござるよ」

 演技なのか、もしくは本当に痛くなってきたのかは不明だが、オロチにもはっきりと分かるくらいにハムスケの顔が落ち込んでいる。

「これもお前の為を思ってなんだぞ? 強くするのに効率だけを考えれば、ポーションをありったけ持たせたハムスケとクレマンティーヌを突っ込ませるのが一番なんだから」

 経験値という面で見れば、大勢で討伐するよりも少数で狩りを行った方が良い。
 もちろん、その方法は安全マージンをまったく考慮していないので、死ぬ可能性がかなり高いという致命的な欠点があるのだが。

「急にやる気が出てきたでござる!」

 ハムスケは、そんな無謀な真似は御免だとばかりに声を張り上げたのだった。

 

   

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