オロチが身につけている和服型のワールドアイテム――『妖魔の衣』。
これは妖怪にとって生命線とも言える妖力を貯めておくことができる、数少ないアイテムのひとつだ。
そしてもちろん、この『妖魔の衣』の能力はそれだけじゃない。
先ほど暴走状態に入りかけたオロチから妖力を強制的に吸い上げたもの、それも歴としたこのアイテムの能力である。
実は、ユグドラシルでもオロチが経験した暴走に近い現象が発生することがあった。
それは妖怪は妖力を使いすぎると、操作するアバターが一種のバーサーク状態に突入してしまうというものだ。
その状態は物理攻撃のステータスはかなり上昇するが、反対に物理防御が極端に減少する。
なので、よほど回避に自信があるプレイヤーでもなければ自殺行為にしかならない、非常に高難易度の戦闘スタイルであった。
(ま、妖怪のアバターを使っているやつなんて滅多にいなかったから、そもそもバーサーク状態のこと自体ほとんど知られていなかったけど)
ただ、当然オロチがこの世界で経験したように勝手にスキルが発動し、更には理性を失うなどまずあり得なかった。
あくまで状態異常のひとつとしての効果しかなかった筈なのだ。
それがこの世界では理性が吹き飛び、鬼としての破壊衝動が心を支配してしまう、かなり厄介なものになっている。
そして、そんな状態に陥るのを防ぐアイテムというのが『妖魔の衣』なのだ。
「この瘴気を纏い出す演出、実は初めて見たんだよな。ワールドアイテムなんて、気軽にギルドから持ち出せなかったし」
先ほど発生した瘴気は、触れるだけで呪われてしまいそうなほど邪悪な見た目ではあるが、オロチが知る限り何の効果も無いただの演出である。
ただそれでも一応は妖力の塊ではあるので、もしかすると妖怪以外の生物が触れれば体調不良くらいは起こすかもしれない。
そしてもうひとつ、『妖魔の衣』にはワールドアイテムと呼ばれるに相応しい能力がある。
それは、貯蔵している妖力に応じて防具としての性能が上がるというものだ。
もしかしたらこの効果を聞くと、ワールドアイテムとしては微妙な効果のように感じるかもしれないが、それはとんでもない勘違いである。
何故なら『妖魔の衣』に貯蔵できる妖力というのは、ただでさえ莫大な妖力を秘めているオロチの全てを注ぎ込んでもまったく満杯にならないのだ。
それどころか一切底が見えてこないという代物だった。
つまり性能が天井知らずに上がるというものであり、ワールドアイテムの名に相応しい凶悪な性能を持っていると言えるだろう。
「お、ようやく瘴気が収まっていく。流石にあのままじゃ人間の街には入れないだろうから助かった」
オロチがビーストマンを数千体ほど屠った頃、ようやく邪悪な瘴気が周囲に霧散した。
今はどんな姿でいようとも関係ないが、瘴気を身に纏うなど明らかに普通じゃない。
そんな状態で街に入れば、面倒なことになるのは容易に想像がついた。
わざわざ国王になる為にビーストマン狩りをしているのに、化物扱いされて約束を反故にされても困る。
この戦いを楽しんでいるとはいえ、目的を見失うほど理性を失っていないのだから。
『オロチ様、そちらの様子はどうですか?』
その時、ナーベラルからの通信が入った。
「倒したのはまだ数千体ってところだな。一応派手に暴れ回っているつもりだけど、そっちはどんな感じだ?」
『こちらも順調です。クレマンティーヌもハムスケも順調にビーストマンを倒しています。ただ、このペースだと制限時間を超えてしまうかもしれません』
かなりのペースでビーストマンを屠ってはいるが、既に結界を張ってから1時間弱が経過している。
結界が消滅してしまう制限時間の3時間まで、約2時間しかないのだ。
このままでは確実に間に合わないだろう。
「そうか、なら1時間後にナーベラルとコンスケも殲滅に加わってくれ。こっちもビーストマンを狩るペースを上げるから、たぶんそれでちょうど良いくらいだと思う」
ナーベラルから間に合わないかもしれないと言われても、オロチは慌てず冷静に指示を下した。
『はっ、かしこまりました』
的確な指示を下すオロチに尊敬の念を抱きつつ、ナーベラルは返事を返す。
ナーベラルをはじめとしたナザリックの配下達は、オロチやアインズに関することであれば普段からどんな些細なことであっても褒め称えるような者達だ。
それがこれほど大きな戦場で焦らずに的確な指示を下したオロチに対し、尊敬の念を抱かずにはいられなかったのである。
(最悪コンスケの技で街ごと消滅させてやればいいし、あんまり深く考えなくても良いだろ)
オロチは内心ではそんなことを考えていたのだが、常に彼を見る目に補正がかかっているナーベラルでは見抜くことなど不可能であった。
それほど、彼女達の忠誠心というのは凄まじいものなのだ。
もっとも、オロチとしてもペースを上げると言った以上、あまりゆっくりとしているつもりは無い。
本当にこれから2時間で残りのビーストマンを狩り尽くすつもりではあったので、その尊敬もあながち間違ってはいないかもしれない。
もしもオロチが聞けば『何故?』と首を傾げてしまうだろうが。
「よしっ、じゃあペースを上げていこうか! こんなに大きな戦場なんてユグドラシル以来だし、張り切っていこうじゃないか」
気持ちを切り替えて再びビーストマン狩りを再開した。
斬る、斬る、斬る、斬る、斬る……。
周囲を大勢のビーストマンに囲まれながらも斬ることをやめない。
もはやビーストマン達が、どれだけ斬っても無限に湧き続けるリポップモンスターにしか感じなくなってきた頃、他のビーストマンよりも大きい個体がオロチの前に姿を現した。
「キサマ! ナカマ、オオゼイ、コロシタ! ダカラ、コロス!」
その個体はライオンタイプのビーストマンであり、片目にざっくりと深い切り傷がある。
そして視線だけで殺せそうなくらいの殺気を迸らせながら、オロチを睨みつけていた。
「オウサマ、キタ! コレデ、オマエ、オシマイダ!」
「ナカマ、カタキ! オマエ、コロス!」
周囲にいるビーストマンも彼の登場で心を持ち直したようで、ここぞとばかりに自分の心を奮い立たせていたのだった。
「うるせぇ」
そんなオロチの声と同時に、ひとつの首が宙を舞った。
その首は隻眼でライオンの頭をしていたのだった。