鬼神と死の支配者66

 オロチが大量のビーストマン相手に暴れ回っている頃、別働隊としての役目があるナーベラル達も必死に戦っていた。

「クソッ! うじゃうじゃ鬱陶しいんだよ! さっさと死ね!」

 クレマンティーヌは汚い言葉でビーストマンを罵りながらも、自前のレイピアで着実にトドメを刺していく。
 しかし、彼女の身体には既にいくつか軽い傷ができていた。

 元々クレマンティーヌの戦闘スタイルは持久戦向きではないので、この戦いはかなりキツイものになることが予想される。
 それが自分でも分かっているだけに、普段オロチの前では偽っている本来の性格が表に出てきてしまっても、それは仕方ないことなのかもしれない。

「いくら何でも多勢に無勢。これではいずれ押し切られてしまうでござる……」

 一方で、ハムスケにもあまり余裕があるわけではなかった。
 クレマンティーヌと比べると持久戦に向いているのはハムスケの方である。

 短い手足と長い尻尾、そして巨大な身体を器用に扱って敵を倒していた。
 屠った数だけで言えば若干ハムスケの方がクレマンティーヌよりも勝っているかもしれない。

 とはいえ、1時間近くもビーストマンを狩り続けるのは肉体的にも精神的にも辛いものがある。
 これが後2時間以上もあるのだと考えるだけで、膝から崩れ落ちるくらいの絶望が心を支配してしまいそうになるのだ。

 この状況見て分かるように、正確に言えば必死に戦っているのはクレマンティーヌとハムスケだけで、ナーベラルとコンスケはそんな二人を見守っているだけである。
 この戦いはセラブレイトとの勝負やオロチが国王になるという目的以外にも、彼女達の成長を促すという別の目的がある為、戦いには参加していないのだった。

 もしもナーベラルやコンスケが戦いに加わってしまえば、それだけでこの程度であれば即座に殲滅してしまう。
 特にコンスケには広域殲滅用の技があるので、目の前の敵どころか街全体を吹き飛ばすことも可能であった。
 ただ、それは大量の妖力を必要とするのでオロチによるバックアップが必要ではあるが。

 もちろん、ナーベラルとコンスケが何もせずにサボっているわけではない。
 彼女達が危機に陥った時はすぐに助けに入れるように気を張っているし、周囲の警戒は怠っていないのだから。

(でも、このままの殲滅速度では数万のビーストマンを全て討伐するのは難しいかもしれないわね……)

 ナーベラルは周辺の生物を探知する魔法『ディテクト・ライフ』を使用し、生き残っているビーストマン達を全滅に追い込むには時間が足りないと判断した。

 なにせビーストマン達の数は一万も減っていないのだ。
 にもかかわらず、この街を包み込んでいる結界の効力が切れるまで後2時間と少ししかない。
 このままのペースではどう考えてそれまでに間に合わないだろう。

「きゅい?」

 すると表情の変化に気がついたコンスケが、『大丈夫?』とナーベラルの顔を覗き込んでくる。
 マスコットのような可愛らしい外見のコンスケが心配そうにしているその様子は、彼女の頬を緩めるのには十分だった。

「フフ、心配しなくても大丈夫ですよ。ただ、念のためにオロチ様に連絡しておきますか」

 オロチほどの優秀な指揮官がこの状況に気づいていないなどあり得ないと思うが、それでも万が一という可能性もある。
 それに、敢えて報告を待っているという事も考えられた。

(私が戦場全体を見れているかどうかの確認……十分にあり得るわね。失望されないように注意しないと)

 相変わらずの過大評価ではあったが、そんなことを考えながらもナーベラルは街の中心部で大暴れしているであろうオロチに連絡を取った。

「オロチ様、そちらの様子はどうですか?」

 通信を繋げると、すぐにオロチの声が聞こえてくる。

『倒したのはまだ数千体ってところだな。一応派手に暴れ回っているつもりだけど、そっちはどんな感じだ?』

「こちらも順調です。クレマンティーヌもハムスケも順調にビーストマンを倒しています。ただ、このペースだと制限時間を超えてしまうかもしれません」

 脳内にオロチの声が直接響いてくるという幸せを噛み締めながらも、声が裏返らないように注意して口を開いた。

『そうか、なら1時間後にナーベラルとコンスケも殲滅に加わってくれ。こっちもビーストマンを狩るペースを上げるから、たぶんそれでちょうど良いくらいだと思う』

「はっ、かしこまりました」

 そう言ってオロチとの短い通信は終了した。

 今ナーベラルの胸中にある感情は……オロチに対する尊敬である。

 相手は数だけ多い雑魚のビーストマンとはいえ、この状況を聞けば多少狼狽えてもおかしくない場面だった。
 だが、その報告を聞いても慌てないどころか冷静に判断を下すなど優れた指揮官と言わずに何と言うのか。

 やはり自分の成長の為の機会を与えてくれていたのだと、ナーベラルはより一層オロチへの尊敬の年を深めた。

 もちろん、オロチの頭にはそんな深い考えは微塵もない。
 彼は兵士としては完璧に近い存在ではあったが、指揮官としてはナーベラルが考えているほど優秀ではないのだから。

 前世でプレイしたゲームの影響でそこそこ程度の戦術や戦略を身につけてはいるが、それはあくまでもそこそこ程度である。
 むしろオロチには、他人を指揮する暇があれば自分で斬り込んで行った方が良いという脳筋な考えすら持っていた。

 そんな人物が大量の敵を相手にしながらそんなことを考えられる筈もない。

 そしてナーベラルがそんなことを考えている間にも、クレマンティーヌとハムスケはビーストマン相手に変わらず死闘を演じている。

 ワラワラと群がってくるビーストマンに対抗するため、自然と背中合わせで戦っている二人。
 時間が経過するにつれて体力や集中力が落ちてくる筈なのだが、その分連携が上手く取れるようになり、今では中々良い立ち回りができるようになっていたのだ。

「おいハム公! このクレマンティーヌ様の足を引っ張るんじゃねぇぞ!」

「わ、分かっているでござるよ。拙者とて、痛いのは嫌でござるよ」

 もっとも、彼女達の間にあるのは信頼関係とは程遠いものだったが。

 だがそれでもクレマンティーヌとハムスケが協力している為、被弾する回数は明らかに序盤よりも減っている。
 確かに信頼関係とは程遠いが、二人の間には妙な一体感があるのは間違いなかった。

「よしハムスケ、とりあえずお前は突っ込んで数を減らしてきな。嫌とは言わねぇよなぁ?」

「流石に横暴でござる!?」

「きゅ、きゅぅ……」

 ただ、その様子は傍から見ればいじめっ子といじめられっ子にしか見えない。
 心からハムスケの身を案じているコンスケの心配そうな声は、激しい戦いの音で掻き消されしまうのだった。

 

   

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