鬼神と死の支配者67

 隻眼のビーストマンの首を即座に斬り飛ばしたオロチは、その後も変わらず……いや、どんどんペースを上げて彼らを討伐していた。

 と言っても、どれだけ死体の山を積み上げようとも中々終わりが見えてこないのが現状だ。
 おそらくオロチが斬り捨てたビーストマンの数は五桁に突入している筈なのだが、それでも一向に襲いかってくる数に変化はなかった。

 獣としての本能が正常に働いていれば、オロチの実力をある程度察して多少の怯えくらいは見せてもおかしくはない。
 それが無いということは、仲間を虐殺されて我を忘れるほど怒っているのか、もしくは恐怖を感じることすらできない知能しか無いただの阿呆かのどちらかだった。

 ただ流石に、『オウサマ』と呼ばれていた隻眼のライオンを瞬殺した後は徐々に士気が低下していっている。
 それでもオロチに牙を向けるのは勇敢と言えば良いのか、それとも蛮勇と言えば良いのかは難しい所だろう。

(スケルトンや盗賊とは違って、中々に斬り応えがあるから飽きないのが唯一の救いだな)

 オロチにとってはビーストマンも雑魚でしかないが、以前に相手をしたスケルトンや盗賊にはない一定の強さは持っている。

 それに、これだけの数を相手取れる戦いなど滅多に体験できないので、思う存分楽しもうという気持ちが彼にはあった。
 そのおかげで、この膠着状態でも驚異的な集中力を発揮できているのだろう。

(前世でやった無双系のゲームを思い出すな。贅沢を言えば、難易度調節で敵キャラの強さをMAXにしたいけど)

 そんなことを考える余裕さえオロチにはあった。

 ビーストマン達も必死で殺そうとしているのだが、彼らの攻撃はオロチに掠りもしていないのだ。
 かれこれ2時間ほどが経過しているにもかかわらず、一度たりとも彼らの攻撃を受けていないのである。

 それに、もしも仮に攻撃が当たったとしても、ワールドアイテムである『妖魔の衣』の防御力を超えられるとは到底思えない。

 ビーストマン達はその事実を知らないため、貧弱な人間であれば一撃さえ当てればそれで死ぬと本気で思っていた。
 その貧弱な人間に万を越す同胞が殺されているという事実には目も向けずに。

「そろそろナーベラル達も戦いに加わる頃だな……っと!」

「グゥ……」

 正面にいたビーストマンを袈裟斬りにすると、そんな苦悶の声を上げて倒れていった。
 そして、そのついでとばかりに近くのビーストマンも纏めて斬り裂く。その動作だけでも5体の死体が出来上がる。

 しかし、数万いるうちの5体では何の足しにもならない。
 現にオロチを囲んでいるビーストマンはまったく減っていなかった。

 だが、それでも構わないのだ。
 むしろ多ければ多いほど、この血生臭い戦場の空気に身を晒していられるのだから。

「……ん? この気配は……」

 ふと、周囲にビーストマンの気配ではなく、人間の気配を感じた。
 それも一人や二人といった少人数とは違って、かなりの数の人間が一箇所に纏められているようだ。

(たぶん街から攫われてきた奴らだろう。まあ、そのまま放置で良いか)

 オロチはあっさりと人間達を見捨てる判断を下した。

 もしも彼が正義感の強い人間だったならビーストマン討伐を中断してでも救出を優先しただろうが、あいにくオロチは正義感なんてものに拘りはなく、それどころか人間ですらない。
 全てが片付いた後に彼らが生き残っていれば、その時に初めて助けることを考える程度である。

 むしろナザリックでは、人間を助けるという選択肢がそもそも無い者の方が多いくらいなので、助ける可能性が少なからずあるオロチはまだマシな方であった。

 ――ズドオォォォン

 その時、遠くの方から爆発音が聞こえてきた。

 爆発が起こったであろう方向は、ナーベラル達が戦っている場所だ。
 それはつまり彼女達の身に何かあった……のではなく、ようやくナーベラルとコンスケが戦いに参戦し始めたのだろう。

 かれこれ2時間ほどビーストマンを狩り続けているので、クレマンティーヌとハムスケのレベルは少なくとも数レベルは上がっていると思われる。
 これでこの世界の者たちが相手なら、遅れを取ることも滅多に無くなる筈だ。

 そして、彼女達の参戦により大幅な殲滅速度の向上が期待できる。
 結界の効力が切れる時間まで残り1時間ほどだったが、それでも十分に殲滅できるだろう。

「じゃあ俺の方も、最後の仕上げにかかるとするか」

 そう呟いたオロチは、息を吐くように強烈な殺気を周囲にばら撒いた。

 その瞬間、息を呑んで数歩後ずさってしまうビーストマン達。
 異様なその雰囲気に呑まれた彼らは、そのまま怯えるようにジリジリと後退していく。
 今までの彼らの怒気や勢いからは想像できないほど、オロチに恐怖心を抱いているようだった。

 そんなビーストマン達を気にした様子もないオロチは、刀にべっとりと付着していた血液を振り払い、腰の鞘に収める。
 ただ、当然戦いはまだ終わってなどいない。

「さぁ、最終ラウンドを始めようか。スキル〈眷属招来〉」

 オロチの影から膨大な妖気が溢れ出し、それが複数の人型へと変化していく。

 そうして生まれたのは――鬼。
 ゴブリンのように貧相な肉体ではなく、オーガのように無駄な肉が多いわけでもない筋肉の塊のような身体。

 4メートル近くの体格を有しているその禍々しい鬼は、オロチが〈眷属招来〉というスキルで呼び出せる中でも一際凶暴な性格をしている種類のモンスターだ。

 その名も『ゴウエンマ』。
 地獄の業火をその身に纏い、圧倒的な力で敵を蹂躙する上級クラスの鬼である。

 アインズのアンデッド作成とは違い、死体を媒体にしている訳ではないのでいずれ消滅してしまうが、それを考慮してもかなり強力なモンスターである。

 そして、そんな鬼がビーストマン達の前に三体も召喚されていた。
 突如として現れたその三体のゴウエンマに、ビーストマン達は誰一人として動かない。否、動くことができない。

 それもそのはずで、召喚されたゴウエンマのレベルはどれも60を超えている。
 それが遠慮なくビーストマン達を威圧しているのだ。
 レベル10やそこらの格下である彼らが、楽に動ける筈もなかった。

「――やれ」

 オロチのそんな言葉が合図となり、三体の凶暴な鬼が獣達に襲いかかる。
 ゴウエンマの参戦によって、より一層この街は地獄の様相に近づいていくのだった。

 

   

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