終わりの見えなかったビーストマンとの戦いにも、ようやく終わりが見えてきた。
だが、街の至る所に彼らの死体が転がっており、もはや血で染まっていない地面が見当たらないほどの地獄のような有様だ。
当然これだけの死体があれば臭いも酷い。
もしもこういったことに耐性が無い者であれば……いや、耐性があったとしてもこの惨状を目の当たりにすれば吐瀉物を撒き散らすこと間違いなしである。
それに加えて、オロチが召喚した鬼――『ゴウエンマ』が大暴れしたことによって街がかなり破壊されていた。
オロチは刀で斬るという比較的スマートな戦い方なので街に被害はあまり出なかったが、ゴウエンマは力任せに暴れ回っていたので結構な被害をもたらしている。
どうせ血塗れの街など廃棄するしかないので構わないのだが、今の街の様子はこの世の地獄と言っても差し支えがないほどに酷いものだった。
「ふぅ、何とか間に合いそうだな……っと!」
オロチを見るなりすぐさま逃げ出したビーストマンを後ろから斬り伏せる。
逃げる者は追わないなどという高尚な精神は持ち合わせていないので、一切の躊躇なく一太刀でその命を刈り取った。
少し前まではあれほど勇ましく立ち向かって来ていたビーストマン達は、ほぼ全滅に近いところまで追い込まれてしまい、既に勢いが完全に死んでいる。
現在の彼らはオロチ、そして少数を相手取っていたナーベラル達からも逃げ惑うことしかできていない。
逃げているぶん殲滅速度は低下していたが、結界の効果が消えるまでの残り時間までには全てを討伐できるだろう。
誰の目から見てもビーストマンの敗北は明らかだった。
「残っている奴らはナーベラル達に任せて、俺は捕まっていた人間の様子を見に行ってくるか。……多分もう手遅れだろうけど」
刀を納刀し、戦闘中に人間の気配を感じた場所まで移動を開始する。
ただ、もう人間の気配はどこからも感じ取ることは出来なくなっていた。
おそらくはオロチが戦っている最中にビーストマンの腹の中に収まったのか、もしくは腹いせにでも殺されたのかもしれない。
生きていれば助けようと思っていたのだが、こうして死んでしまったのなら手遅れだ。
人間の命などオロチにとっては初めからどちらに転んでも痛くも痒くもなかったことなので、特に感じることは何も無い。
せいぜい有効活用できる死体が増えた程度にしか思っていないのである。
これは人間としては狂人扱いを受けるだろうが、異業種の考え方としては正しい。
そういう意味では、今のオロチは異業種の鬼としてまともな感性をしていることになる。
そのことを自覚しながらも、自身が大して不快には思っていないことに今更ながら人間だった頃が遠い過去のように感じた。
「おっと、移動する前にビーストマンの死体を集めておかないとな」
そう言ってオロチは、もう一度スキル〈眷属招来〉を発動させた。
ゴウエンマという凶暴な鬼を召喚したこのスキルには、当然だが他にも呼び出せるモンスターはいる。
オロチが呼び出せるのは妖怪系統の一部のモンスターだけだが、ゴウエンマのように強力なモンスターから使い勝手の良いモンスターまで様々だ。
そして今回呼び出すのは、もちろん後者に該当するモンスターである。
再びオロチの影から妖気が吹き出し、それが人型に形取っていく。
ただゴウエンマのように4メートルの体格ではなく、今度は反対に1メートルさえ満たないほどの身体だった。
その名も『餓鬼』。
ユグドラシルではゴブリンが妖力を浴びた結果変化する種族と言われていて、高い知能と妖力を駆使したトリッキーな集団戦法を得意とする下級の鬼のモンスターだ。
呼び出された餓鬼の数はおよそ100体。
外見はどこかゴブリンの面影を残しているが、餓鬼から感じる迫力はそれらの比ではなかった。
純粋な戦闘力はもちろんだが、何より妖気を身体に纏っていることで異様な雰囲気を醸し出しているのかもしれない。
オロチはそんな餓鬼達を一望し、威風堂々といった様子で口を開く。
「よく聞け、餓鬼共。この街中に転がっているビーストマンの死体を一箇所に集めろ。それが無事に終われば欠損の激しい死体はお前達の好きにしても良い。ただ――」
勝手な真似はするな、その言葉だけは威圧感を含めた声で話した。
欠損の激しい死体であっても使い道がなくはないのだが、ビーストマンの死体は数万も転がっている。
その中から餓鬼達に報酬として一部を支払う程度であれば誤差の範囲だろう。
だが、好き勝手食い荒らされるとなれば話は別だ。
通常のゴブリンよりは知能が高いとされているが、餓鬼というモンスターはその名の通り常に飢えを感じている種族である。
なのでこうして釘を刺しておかなければ、例え報酬をぶら下げていても食欲に負けて目の前に広がるビーストマンの死体を貪り食う恐れがあった。
「ワ、ワガリマジダ。ワレラガオウヨ」
他の個体よりも少しだけ体格の良い餓鬼が跪きながらそう言った。
オロチの威圧はしっかりと彼らに伝わったようで、全ての餓鬼達が畏れと尊敬の眼差しを向けている。
ユグドラシルには無かった設定だが、もしかするとオロチが取得している鬼神という種族には鬼系のモンスターを従え易くする効果があるのかもしれない。
「そうか、ならお前が指揮を取れ。勝手な真似をした奴がいれば即座に殺しても構わん。これはその為の力だ」
そう言ってその個体に手をかざし、少しだけ妖力を送り込んだ。
妖怪にとって妖力とは力そのものだ。
大量の妖力を外部から供給されれば、それだけでも大幅に強くなることができる。
そして鬼の中でも……いや、妖怪という括りの中でも圧倒的な妖力を持っているオロチの少しとは、目の前にいる餓鬼にとって文字通り次元の違う量だった。
そんな量を与えられればどうなるか、容易に想像できる。
「オォ……! 力をワケテクダサルとは感謝シマス」
見た目の変化こそ無かったが、明らかに先ほどよりも圧倒的に強くなったように感じる餓鬼の姿があった。
言葉も若干流暢なものへと変わっている。
これで他の餓鬼達が己の食欲に負けたとしても、簡単に消滅させることができるだろう。
「じゃあ後は任せたぞ」
「ワカリました。ワレラガ王よ」
そう言ってオロチは、再び人間の反応が消えた場所へと歩を進め始めた。
(召喚したモンスターにも俺の妖力を与えることができた。つまり、妖力さえ大量にあれば最強の軍団をいつでも作れるってことだ。ま、時間制限付きの軍団だけど)
新たに発見した事実に口元を歪ませながら、オロチは自分の手札が増えたことにほくそ笑むのだった。