「ここか? まるで監獄みたいな建物だな」
人間の気配を感じた場所に向かうと、そこには物々しい監獄のような建物があった。
この街の大きさには不釣り合いなほど巨大な監獄で、ビーストマンに占拠されてからまともな修繕がされていないのか、古びた廃病院のような不気味さがある。
ナーベラル達が継続して行なっているビーストマン狩り、それによって遠くの方からビーストマンの断末魔が聞こえてくることも、その不気味さに拍車を掛けていた。
(そういえば、こっちの世界に来てからお化けとか幽霊とかを怖いって思ったことが無いな。前世では人並みに怖がっていた筈なんだけど)
前世にあったお化け屋敷のような雰囲気がある建物を前にして、オロチはそんなことを思い出した。
彼はそういったものに対して特別苦手意識があったわけでは無いが、まったく何も感じないというわけでもない。
お化け屋敷などに入っても人並み程度に怖がるくらいであった。
しかし、それがこの世界に来てからはまったく怖いとは思わなくなったのだ。
そもそも科学が発展していた前世の世界とは違い、こちらの世界では幽霊も立派なモンスターなので当然倒すことができる。
そして、オロチを害することができるほど強いアストラル系のモンスターなど滅多にいない。
むしろ彼にとっては強ければどんなに恐ろしいモンスターであっても大歓迎だった。
こういう如何にも呪われていそうな場所には負のエネルギーが溜まりやすく、強いアンデッドモンスターが生まれやすいとアインズの研究結果で判明しているので、今のオロチは怯えるどころか嬉々として足を踏み入れようとしているのである。
「なんとなく銃が欲しくなる場所だ。……そのうち、リアルゾンビゲームとかやってみるのも良いかもしれないな」
前世で一時期やり込んでいたゲームを思い出し、ポツリと呟いた。
外の不気味な雰囲気と同様に内部も荒れ果てており、とてもじゃないが好んで住みたいと思うような場所ではない。
だが、こういった場所を見るとゲーマーとしての欲求が心の奥底から溢れ出してくるのだ。
なまじアンデッド系のモンスターが当たり前にいる世界なので、より一層そんな感情が生まれるのかもしれない。
この施設にゾンビを配置し、自分に銃を装備すればまさしくリアルゾンビゲームの完成である。
そんなゾンビをばら撒きたい衝動を抑えながらも、オロチは屋内の探索を続けていく。
ただ、これほど近くまで来ても人間どころか生物の気配が一切なく、既にオロチの中で人間が生き残っている可能性は消え去っていた。
「一階と二階部分には誰も居ない。となれば……残るは地下だけだな」
そう言って地下に通じていると思われる階段に視線を向けた。
視線の先にあるその薄暗い階段には灯となるものが全く無く、数メートル先は完全な暗闇である。
だが、オロチの瞳は完全な暗闇であっても問題なく見通せる。
流石に太陽の光がある所と比較すれば見にくいが、それでも十分に暗闇の中でも視界を確保できるのだ。
なので特に躊躇うこともなく、どんどん先へと進んでいった。
地下の空間は地上部分よりも無機質な印象を受け、空気自体がひんやりしているので肌寒い。
こういった場所が苦手な人物であれば、さぞかし恐怖心を煽られていたことだろう。
それこそ、人ではないがハムスケでもいれば恐怖で身体をブルブルと震わせていたかもしれない。
(天然のクーラーとは便利な機能があるじゃないか。さっきまでの運動で火照った身体にはちょうど良い)
もっとも、オロチには全く効果が無いようで、怖がるどころか快適な温度にしか感じていなかったのだが。
そして、ほとんど一本道の地下通路を進んでいくと、一際大きな空間に出た。
するとそこには……
「んー、やっぱり手遅れだったか。見事に全員死んでいる」
オロチの目の前に広がっているのは人骨の山だった。
つい1時間ほど前までは確かに生きている人間の気配を感じたので、おそらくその間にビーストマンによって綺麗に肉だけを食われたのだろう。
完全に骨だけになっているので正確な人数は不明だが、オロチが感じただけでも千人ほどの人間がここに居たはずだ。
なのでこの骨の山は千人分の人骨ということになる。
最後の晩餐として食われたのか、仲間を虐殺された怨みをこの人間達で晴らそうとしたのかは不明だが、どちらにせよ殺された彼らにとっては大差無い。
食料として生かされる毎日など想像するだけで恐ろしいことなのだから。
「ま、ビーストマン共はしっかり殺しておいたから、安らかに眠れ。お前達の骨は、きっとアインズさんが有効活用してくれるだろうさ」
綺麗な状態の死体の方が質の良いアンデッドが生み出せる、それはアインズの実験によって判明している。
だが、これだけの数の骨があれば死の支配者であるアインズなら有効に扱えるだろう。
そんな確信にも近い考えがオロチにはあった。
なのでオロチは、このおびただしい数の人骨を回収しようと近づいていく。
殺された者達からすれば、死後であっても自分の骨を妙なことに利用されるのは嫌だろう。
それが例えビーストマンを滅ぼしてくれた人物であっても変わらない。
だが、もはや骨だけとなってしまった彼らにはどうすることもできないのだ。
「……ほぅ?」
しかし、骨の山まで後数メートルという所でオロチの足が止まった。
――カタカタカタカタ
そして突如、生命の輝きを失った筈の千人分の骨がカタカタと音を立てて動き始める。
ひとつひとつは小さな音だが、なにせ此処にある骨は千人分なのだ。
それが一斉に音を立てれば煩いくらいの爆音になる。さらに音が反響しやすい地下ということもあり、かなり耳障りな音となっていた。
音を立てながらそれらの骨は徐々に一体化している。
おびただしい数の骨が一体化し、ひとつの存在に生まれ変わろうとしているのだ。
「ん? もしかしてコイツ、妖気を持っているのか?」
オロチは目の前の骨の集合体から、微量ながらに妖気を感じた。
集中しなければ感知できない程度の本当にわずかな量だったが、それはオロチにとって嬉しい誤算である。
何故なら妖気をわずかにでも持っているということは、自分の手によって大幅な強化が可能なのだから。
ビーストマン討伐が終了し、冷えかけていた闘争心に再び火が灯った気がした。
「ほらよ、お前の誕生日祝いだ……受け取れ!」
そしてオロチは、自分の妖気をその骨に向かって勢いよく放出した。
「――ォォォォオオオオオ!!!」
すると骨同士が一体化する速度が急激に上昇し、自分のあるべき姿が分かっているかのように象っていく。
その姿は、まるで上半身だけの巨大な人体模型のような姿だった。
瞳にはアンデッド特有の紅い輝きがあり、その視線はジッとオロチを見ている。
大量の妖気を放出した後であって尚、自分よりも潤沢な妖気を有しているオロチに惹かれているのかもしれない。
ゆっくりとオロチに向かって手を伸ばしていき…………勢いよくその腕を振り下ろした。
「――ォォォォォオオオオオオオオ!!!!!!」
再びその骸骨――『ガシャドクロ』の咆哮が地下に響き渡ったのだった。