鬼神と死の支配者70

『ガシャドクロ』というモンスターは見た目の通り異業種であり、アンデッドの特性を保ちつつ妖気を持っているので、一応妖怪に分類されている強力なモンスターだ。

 ユグドラシルでは特殊なステージでしか出現することはなく、スキルによって大量のスケルトンを呼び出す面倒な存在として知られていた。
 呼び出したスケルトンも微量の妖気を有しているので、通常のスケルトンよりも倒しにくいのである。

 ただ、もしもこのガシャドクロが人間の街に現れたら、おそらくそれだけで街ひとつくらいは簡単に滅ぼしてしまうだろう。
 ユグドラシルの上位プレイヤーからは面倒でしかないモンスターであっても、この世界の住人からすれば国を滅ぼしかねない強さと能力を持った最悪のモンスターなのだから。

 それこそスケルトンの軍勢を大量に召喚できるので、各国が恐れている伝説級のアンデッドである『デスナイト』よりもはるかに恐ろしい存在である。

「――ォォォォォオオオオオオオオ!!!!!!」

 そんなガシャドクロは、アンデッド特有の底冷えする声を上げつつオロチに追撃を加えた。
 砂煙で視界が悪くなっているにもかかわらず、何度も何度もオロチがいた場所を執拗に殴り続けたのである。

 千人分の骨がひとつに集まった大きさなので、上半身だけではあるがその身体は大きく、ただ殴るだけと言えども凄まじい威力をもたらす。
 この攻撃をまともに食らえば、普通の人間であれば身体がバラバラに弾け飛んでもおかしくないほどの攻撃だ。

 そんな一方的な攻撃がしばらく続き、ようやく収まった頃には地下室がボロボロとなってしまっていた。
 地上部分よりも頑丈に造られてはいるが、碌な手入れをされずにかなりの期間放置されていたので、ガシャドクロの攻撃をそう何度も耐えられるほど強度があるわけでは無かったのだ。

「――ォォォォオオオオオ!!!」

 聞いた者を凍りつかせるような勝利の雄叫びを上げたガシャドクロは、自身が倒したであろうオロチの姿を探す。
 彼が持つ莫大な妖気を自分のものにし、更なる進化を遂げようとしているのだろう。

 アンデッドは基本的に生者への怨みを持っていることが多い。
 だが、妖怪でもあるガシャドクロはそれに加えて妖気に惹かれる性質を持っており、本能的にオロチの力を自分に取り込もうとしているのだった。

 オロチが妖気を分け与えたおかげでここまで成長できたのだが、それに感謝するそぶりは全く見せない。
 それどころ確実に力を奪うために全力で彼を攻撃している。
 例え妖気を分け与えられたとしても、その妖怪がオロチに従うわけではないようだ。

 そしてガシャドクロによる攻撃が止むと、その静けさを破るようにオロチの声が地下室に響く。

「イテテ……ダメージを食らったのは久しぶりだ。ま、『妖魔の衣』のおかげで受けたダメージはほとんど無いけどさ」

 砂埃が晴れると、そこには服を払いながら無傷で立っているオロチの姿があった。

 無傷というのはガシャドクロにとって流石に予想外だったのか、わずかに怯んだ様子を見せる。
 アンデッドではあるが、多少なりとも恐れを抱くような感情があるのかもしれない。

(コイツがスケルトンじゃなく、ゾンビを呼び出せる能力があれば生きしておくのも考えたんだがな。……リアルゾンビゲーム実現の為に)

 もしもガシャドクロがスケルトンではなくゾンビを生み出す能力があれば、オロチは間違いなく生かして手懐けようとしていたに違いない。
 単純な戦力としても十分に期待できる上、アンデッドの要素もあるのでオロチには敵意を向けたが、死の支配者としてスケルトン系の頂点に君臨するアインズであれば大人しく従う可能性もあった。

 もちろん、手懐ける主な目的は戦力としてではなく、オロチが思い付きで実行しようとしているゲームを現実のものとする為だったが。

『突然強力な反応が現れましたが大丈夫ですか!?』

 その時、ナーベラルの少し焦った声が聞こえてきた。
 おそらくガシャドクロの反応を索敵系の魔法で感知し、その近くにオロチの反応もあったので慌てて連絡を取ったのだろう。

「コッチは大丈夫だ。俺もコイツを倒したらそっちに合流するから、ナーベラル達は残っているビーストマンの方を頼む。……あぁ、それと死体を回収するために餓鬼を結構な数呼び出しておいたから、出来るだけそいつらを殺さないようにな」

『そうですか……ご無事で何よりです。では私達は引き続きビーストマンの殲滅を継続します』

 ナーベラルはオロチの口調から本当に大したことではないと判断したのか、安心した様子でそういった。

「――ォォォォォオオオオオオオオオオオ!!!!!!」

「おっと、お前を忘れていた。すまんすまん」

 本気でガシャドクロの存在を忘却していたオロチは、繰り出された大振りな腕の攻撃を難なく回避する。
 そして、ここに来て初めてガシャドクロの姿をまともに捉えた。

 ユグドラシルで見たものよりも、こちらの方が数倍迫力がある姿だ。
 怨念などの不確かなパラメーターはゲームでは表現することができず、その分現実である今の方が強そうに見える。

 ただ、これよりも恐ろしい外見をしているモンスターなどナザリックには山のようにいるし、そもそも強さと外見はまったく比例しない。
 それは外見が少年にしか見えないオロチを見れば一目瞭然であった。

「スケルトンを呼ばれると面倒だからな。早いとこ終わらせるぜ?」

 そう言ってオロチは腕に力を込め始める。

 ユグドラシルというMMORPGでは、敵とのレベル差が10開くとほぼ勝つことは不可能とされていた。
 装備やプレイヤースキルによってある程度補えるとはいえ、そう簡単には覆せないルールがレベルというものである。

 そして、目の前にいるガシャドクロのレベルはおそらく40~50前後だ。
 対してオロチのレベルは最大の100。つまり両者の間には少なくとも50ほどのレベル差があった。

 当然それだけのレベル差があれば……

「ふんっっっ!!!!」

 オロチが力を込めて殴れば、それだけで十分致命傷である。

 飛び上がって頭部にクリーンヒットしたその一撃は、ガシャドクロの頭蓋骨をいとも簡単に砕き、再起不能なほどのダメージを負ってしまう。

「――――」

 もはや声にすらなっていない音を出し、怨念を撒き散らして沈んでいく。
 オロチは聖属性スキルや魔法を取得していないので、ガシャドクロの元になった人間達の怨念を晴らすことはできない。

「ふぅ、まあメインディッシュの後のデザートにはちょうどいいかな?」

 そんな声だけが地下室に響き渡ったのだった。

 

   

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