乙女としての尊厳を著しく損なってしまい、遂にクレマンティーヌは本気で大泣きを始めてしまった。
だが、やはり美女や美少女は何をやっても絵になるということなのか、いつものニコニコと笑みを浮かべている表情とは違い、今の泣き顔であっても十分に可憐という言葉が相応しかった。
むしろ天真爛漫なクレマンティーヌが涙を流すと、そこに儚さが加わってまた違った魅力が出てくるらしい。
泣いている彼女を見ながら、なんとなくそんなことを考えていた。
ここで気の利いた台詞でも言えれば一番良いのだろうが、生憎とそんな技術などオロチは持ち合わせていない。
むしろ下手なことを言ってさらに傷つけてしまうことすら考えられた。
男の自分ですら配下の女性にクサイと思われるのは嫌なのだ。女性であるクレマンティーヌの心の傷は計り知れないものだろう。
それがわかるので、オロチはこれ以上彼女を傷つけたくなかったのだ。
ただ、それほどリアルでの女性経験が多くない自分にこの場を収めるのは些か荷が重すぎる。
「……じゃあハムスケ、後は任せたぞ」
故にハムスケに全てを丸投げすることにしたのだった。
細かな女心など微塵も理解できないし、これほどピンポイントな状況の対処方法など今までプレイした恋愛ゲームには登場しなかった。
リアルの恋人との触れ合いがそれほど多くなかったオロチでは、今の状況に対する最適解が見出せなかったのである。
「そ、某にいったい何を期待しているでござるか!?」
「だってお前、自分は雌だって前言ってたじゃないか。俺には女心ってやつがあんまり理解できないけど、ハムスケならちゃんと理解できるだろう?」
「性別どころか種族の壁があるのでござるが……」
悩んだ末にオロチが出した答えは、一応生物学的には女と言えるかもしれないハムスケに全てを丸投げしたのである。
かなりの無茶振りであるとオロチ自身も分かっていたが、これ以上に良い案を出すことができなかった上の苦肉の策であった。
そしてハムスケは渋々オロチに言われた通り、今も泣き続けるクレマンティーヌをなんとか宥めようとしている。
だが、そもそもハムスケは人間ですらないので中々上手くいっていないようだ。
そんな光景を尻目に、近くに転がっているビーストマンの死体を回収した後、オロチはコンスケを肩に乗せてこの場を離れていく。
(男の俺が居ない方がクレマンティーヌにとっても良いだろうし、雌――いや、女性であるハムスケの活躍に期待しよう)
「きゅい?」
心の中でハムスケにエールを送りながら離れていくと、肩の上に乗っていたコンスケが『放っておいても良いの?』という声を上げる。
オロチは曖昧な笑みを浮かべつつ、この場に残ってもできることなどひとつも無いので、コンスケを撫でながらその足を止めることはなかった。
ちなみにこの状況の元凶である女――ナーベラル・ガンマは、ハムスケが必死でクレマンティーヌを宥めているのにもかかわらず、我関せずといった様子で周囲の警戒を行なっているのだった。
◆◆◆
「うわぁ……こりゃ凄いな。大丈夫かコンスケ?」
「きゅい……」
目の前に広がるのは死体の山。それも百や千といった数ではなく、数万という膨大な量の死体。
さらに今度は人骨の山ではなく、正真正銘ビーストマンの死体が山となっている光景だ。
当然、この死体は肉や血が滴り落ちるほど新鮮なので死臭が酷い。
オロチよりもはるかに優れた嗅覚をもつコンスケはかなり苦しそうだった。
その証拠にいつもはご機嫌に揺れている九本の尻尾も、今回ばかりは元気なく項垂れている。
そして、そんなビーストマンの死体が積まれている山の周囲にはオロチが呼び出した小さな鬼――餓鬼達の姿があった。
彼らはオロチの言いつけ通り、集め終わってから欠損の激しい死体を貪り食っているようだ。
もしもこの光景を見た者がいれば、自分は地獄に迷い込んでしまったのかと思い込んでしまうかもしれない。
それほど別世界のような異様な空気がこの場を包み込んでいる。
「ワレラが王よ。数体のイハンシャが出まシたが、ご覧のトオリに死体を収集イタシマした」
餓鬼の中でも一際大きく、そして豊富な妖気を内包している個体がオロチに跪いた。
他の餓鬼達はオロチの存在など気付かずに食事に夢中になっているのだが、この餓鬼はオロチが直接妖気を分け与えた個体ということもあってか、即座に中断してオロチの前に現れたのである。
「そうか、良くやってくれた。このまま妖力が尽きて消えるまで、ビーストマンの死体を食っていて構わないぞ」
「アリガタキ幸せ」
そう言ってその餓鬼も再び食事を再開した。
彼らは媒介となるものを使用して呼び出した存在ではなく、妖力と魔力を利用して呼び出したモンスターだ。
アインズが行っている死体を媒介としたアンデッド作成とは違い、時間が経過すればいずれ消えてしまう運命にあった。
「じゃあ俺たちもパパッと終わらせて風呂にでも入ろうぜ。お前もしっかり洗ってやるからな」
「きゅいきゅい!」
動物は洗われることを極端に嫌がることが多いのだが、コンスケは苦手どころかむしろ好きなぐらいの綺麗好きだ。
コンスケの肌触りは非常に気持ちいいので、洗っている方も幸せな気持ちになれる。まさにWIN-WINの関係だった。
「じゃあ俺が妖力を供給するから、コンスケは〈念力〉を使ってこの袋に入れていってくれ。明らかに欠損が激しいやつはそのまま餓鬼の餌にするから放置で。できるか?」
「きゅい!」
コンスケが『任せて!』と元気いっぱいに返事を返す。
オロチは自身のストレージからひとつの袋を取り出した。
この袋は、入れた物をアインズと共有できるという性能を持つ非常に使い勝手の良いアイテムである。
さらに大きさによって袋の口が大きくなるという効果もあるので、一度に大量の死体を入れることができるだろう。
コンスケのつぶらな瞳が紅く輝き、膨大な量の妖気が周囲に広がっていく。
その圧倒的なまでの妖気を直接肌で感じ取った餓鬼達は、流石に手を止めて唖然とした様子でオロチとコンスケを見ていた。
そして、いくつかある死体の山のうちのひとつが丸々持ち上がる。
オロチが手に持っている袋の口が自然と広がっていき、そこへ上手くコンスケがコントロールしてビーストマンの死体を収納していった。
これをオロチから妖力の供給を受けて何度も繰り返し、驚異的な速度で死体を片付けていく。
気付けば周囲に残されていたのは、餓鬼達の餌となるボロボロの肉片だけだった。
「よしっ、じゃあ帰るか」
後はナザリックの人海戦術によって、討伐証明部位である尻尾だけを切り落としてもらえば任務完了である。
餓鬼達から化物を見るような視線を浴びながらも、ナーベラル達が待っている場所へと戻っていった。
こうしてオロチ達によるビーストマンの本拠地強襲は大成功で幕を下ろしたのだった。