「ああああぁぁぁ…………疲れが取れていく……」
「きゅいぃぃ……」
ナザリックの大浴場に浸かっているオロチとコンスケが、それぞれ力の抜けたそんな声を上げた。
いくら圧倒的な戦力差があった戦いとはいえ、流石に数万にも及ぶ敵を打ち倒すのは骨が折れる。
それは、ユグドラシル時代以来の大規模戦闘を心の底から楽しんでいたオロチであっても例外ではなく、胸中に広がる達成感や満足感と共に全身から来る疲労を感じていた。
ただ、そんな疲れも風呂に浸かれば一気に溶けていくような気がするのだ。
戦闘をこよなく愛する鬼として生まれ変わったとしても、日本人としての風呂好き気質は未だに健在なようである。
ちなみに、コンスケのスキルである〈念力〉を使って驚異的な速度で死体の回収を行なった後、この二人はそのままナザリックの風呂場へと直行していた。
もちろん、あの状態のクレマンティーヌが面倒だった……わけではない。
オロチがどうやって慰めてやろうかと戻りながら考えていると、ナーベラルが通信を寄越して『先にナザリックに帰還していてください。クレマンティーヌは私が何とかしておきますので』という非常に有難いお言葉を貰っていたのだ。
クレマンティーヌはペット枠ではあっても、今や立派な仲間という扱いだ。
なので彼女のことを多少心配する気持ちはあったが、なんだかんだで一番同じ時間を過ごしているナーベラルが自分に任せろと言っているのだから、オロチにそれを信じない理由がない。
……そもそもの元凶は彼女であることを思い出し、頭に一抹の不安がよぎるが、それについては見て見ぬ振りをすることにした。
「あまり深く考え過ぎないことが、ストレスを溜め込まない秘訣だな。ま、この世界に来てからストレスなんて感じたこと無いくらい幸せだけどさ」
「きゅいきゅい!」
少しだけ過去を懐かしむようにそう呟くと、コンスケも『ボクも幸せ!』という声を上げた。
そんなコンスケを撫でてやると、猫のように喉を鳴らしてオロチの心に癒しをもたらす。
(前世でもコンスケみたいなペットを飼っていれば、もっとやる気を出していたのかねぇ?)
オロチはふとそんなことを思った。
彼が人間だった頃に勤めていた会社は、今時珍しい超優良なホワイト企業だったのだが、いくらホワイト企業であったとしても日々のストレスというものは積み重なっていくものだ。
自分が恵まれているというのは十分に理解していたし、給料に見合うだけの業績はしっかりこなしていた。
しかし、責任感や義務感を押し付けられるのが嫌だったので、常に全力で仕事に向き合っていたわけではない。
ストレスを溜め込まないように、適度に手を抜きながら伸び伸びと仕事をこなしていたのだ。
今思えば、それを周りの上司や同僚たちはよく思っていなかったのだろう。
後輩の面倒見は良かったので彼らからは慕われていたが、気付けば彼の周りには数人の後輩しか居なくなっていたのである。
だからもし、傍にいるだけで癒し効果があるであろうコンスケがいれば……そう考えてしまうのだ。
「やめやめ、今が良ければそれで良しっ! 楽しけりゃそれで十分だ」
深く考え込んでしまっていた思考を停止させ、今は何も考えずに風呂で疲れを癒すことにした。
元の世界のことは、どれだけ考えても既に過去の出来事だ。
一度たりとも元の世界に戻りたいと思ったことは無いし、何よりもオロチやアインズは今の生活を気に入っている。
例え戻れる手段を見つけたとしても、その二人はこの世界に居続けるだろう。
ここには家族と呼べる存在が多くいるのだから。
「そういえば、コンスケと再会してそれほど時間が経ってないのに、俺も結構言葉がわかるようになってきたな」
「きゅいっ」
浴槽を泳いで遊んでいたコンスケが元気に返事をした。
まだ稀にハムスケの翻訳が必要な時もあったが、それでもほとんど問題なく会話できるようになっている。
ほぼ毎日オロチの肩で過ごしているとはいえ、魔獣の言葉を理解する速度としては驚異的な速度だ。
これは偏に、コンスケへの愛情が成せる業だろう。
そうしてコンスケと戯れながら十分ほどが経過し、のぼせる前に湯船から上がろうとしていると、脱衣所への扉が勢いよく開かれる。
そこから姿を現したのは、よく見慣れている二人の少女だった。
「オロチ様! 貴方様の未来の妃である、このシャルティア・ブラッドフォールンがお背中をお流しするでありんすえ」
「ちょっとシャルティア! アンタ出しゃばりすぎよ! オロチ様のお背中をお流しするのは私っていう約束だったでしょ!」
白く眩しい肌を持つ吸血鬼であるシャルティアと、そんな彼女とは対照的に健康的な小麦色の肌を持っているダークエルフのアウラ。
その二人が、生まれたままの姿にバスタオル一枚という姿で現れたのである。
完全にリラックス状態になっていたオロチの頭が現状を理解できるまで、数秒の時間を要した。
「……色々と言いたいこともあるけど、一応聞いておく。いったい何をしに来たんだって?」
「オロチ様が戦場から無事にご帰還なされたと聞き、居ても立っても居られなくなったのでありんす。夫の背中を流すのは、いずれ妻となるわたしの役目でありんしょう? ……約1名、余計なものも付いてきんしたが」
「聞こえてるよシャルティア。この子だとオロチ様に粗相してしまいそうなので、ぜひ私にお任せくださいっ」
バスタオル姿の美少女二人に左右の腕を引っ張られ、迫られているオロチ。
波乱の予感を感じたコンスケの姿は既にこの場にはなく、彼を置いて一足先に上がったようである。
どうやら危険察知能力はオロチよりもコンスケの方が上のようであった。
(あ、ヤバイかも。さっきまで戦場で昂ぶっていた感情が爆発しそう……!)
一方でオロチはかなりまずい状況だった。
ついさっきまで血の臭いが充満する戦場に身を寄せていたので、本能的に昂ぶり易い状態なのだ。
そんな時に、文句なしの美少女であるシャルティアとアウラの二人が、ほぼ裸の状態で接近してくる。
いつもなら理性を総動員させて耐えていたのだが、戦場で昂ぶっている本能を抑えつけることはできなかった。
上手く回らない頭を必死に動かそうとするが、グイグイくる彼女達に言いくるめられ、結局背中どころか全身綺麗に洗われてしまう。
そしてそんなことをされてしまうと、どれだけ高尚な人格者であっても感情を爆発させてしまっても無理はない。
つまり――
「……子供相手にやっちまったな」
翌朝、ナザリックの自室で目覚めると、左右には幸せそうに眠るシャルティアとアウラの姿があったのだった。