どれだけ言葉で言い繕ったとしても、自分がやってしまったことは変わらない。
今もなお幸せそうに眠る彼女達と一線を越えたこと、それは変えようのない事実であり、それを悔やむことは男として非常に見っともないことだ。
それに何より、そういう態度はシャルティアとアウラにも失礼に当たるだろう。
娘のような存在ではあったのだが、こういう関係になったのならしっかりと責任を取るべきだとオロチは考えていた。
故に、オロチには後悔など微塵も無いのである。
「わーいハーレムへの第一歩だやったね嬉しいな。…………はぁ」
……確かに後悔は無かったが、それは現実逃避という言葉が適当かもしれない。
もはや、オロチは一周回って考えることを放棄することにしたのであった。
シャルティアは外見が幼くとも精神はしっかりと習熟しているが、アウラは見た目も中身もまだ子供だ。
ダークエルフという長寿な種族のため年齢は70歳を超えていても、精神年齢は見た目通りまだ幼い子供でしかない。
そんな少女に手を出してしまったと思うと、後悔はしなくとも色々と考えてしまうのも頷ける。
とはいえ、実はオロチはそこまで自身の行いを責めているわけではなかった。
いずれこういう関係になるかもしれないとは思っていたし、彼自身の目から見ても彼女達のことは非常に魅力的に映っている。
そんな二人と男女の仲になったのだから、ここは素直に喜ぶ所だろう。
「おろちさま〜、そんなに激しくされたら壊れてしまうでありんすぅ」
ビクッとオロチの身体が反応する。
声が聞こえてきた方向に視線を向ければ、そこにはだらしなく口から涎を垂らしながらも、幸せそうな笑みを浮かべるシャルティアの寝顔があった。
「……なんだその寝言は。いったいどんな夢を見ればそんな寝言が出てくるんだ……?」
どんな夢かと言えばひとつしかない。
だが、瞬時に浮かんできたそれを頭を振って外に追い出した。
意識してしまえば昨日のことが鮮明に思い出されてしまい、寝起きということもあって再び感情が昂ぶってしまいそうになる。
いくら一線を越えたとしても、眠っている少女を襲うなど最後に残った自制心が許さなかった。
「おろちさまぁ、私の全てを貰ってくらひゃい」
「……だから、いったいどんな夢を見ているんだお前たちは」
しかし、シャルティアに続いて今度はアウラの寝言が襲ってくる。
彼女も同様に、実は起きているのではないかと疑ってしまうほどピンポイントな寝言を溢しているが、オロチの葛藤をよそにスヤスヤと眠りについていた。
(このままでは色々とまずい……早いとこ部屋から出よう)
この空間で悶々とした時間を長く過ごせば、もはや決壊寸前のオロチの自制心など簡単に崩れ落ちるだろう。
なので眠っている二人を起こさないように、ゆっくりとベッドから這い出た。
そして、汗やら何やらで何とも言えない状態になっている布団をストレージに仕舞い、代わりに綺麗な布団を掛けておく。
(ま、シャルティアとアウラは誰が見ても文句なしの美少女だし、俺の罪悪感を抜きにしたらそう悪いもんでもない)
心なしかいつもよりツヤツヤな肌の二人の寝顔を見ながら、オロチはそんなことを思うのだった。
適当な服をストレージの中から引っ張り出し、その服に着替えたオロチは、まずはシャワーを浴びる為に浴場に足を運ぶ。
自分の身体からかなり強烈な男女の臭いが放たれているため、何よりも先にそれを洗い流さなければならなかったのだ。
もしも今の状態のオロチとすれ違う者がいれば、一発でそういう行為をしていたとバレてしまうだろう。
ただ、幸いにも早朝から風呂に入る者はいなかったらしく、浴場周辺には誰の姿も無かった。
「とりあえず、アインズさんに昨日の報告をしないと」
温かいシャワーを浴びているオロチがそんなことをポツリと呟いた。
結局、昨夜は風呂場からそのまま自室に直行したので、ビーストマンの件をアインズに報告しそびれている。
通信である程度の経過報告は行なっていたとはいえ、ナザリックに関係することなので直接話すべきことだった。
(あれ? 大事な報告を怠った理由が女と寝ていたからって、もしかしなくても俺ってヤバイ奴じゃね?)
普通の組織であれば決して許されない行為であり、確実に大問題へと発展する事案だ。
前世の会社ならほぼ間違いなくクビにされる。それも後ろ指を指されての退社となるだろう。
そもそも子供に手を出した時点で警察の御用になり、社会的な立場は死んだも同然なのだが、それに関しては自分の精神衛生上のために敢えて考えないようにしている。
(これ以上考えるのは止めよう。どんどん精神を削られる気がするから……)
パパッと身体を洗い、そして今度はいつも着ている『妖魔の衣』を装備した。
その後に向かう場所は、当然アインズのところだ。
シャルティアとアウラに手を出したことを伝えるのは、正直気が重い。
とはいえ彼に何も言わない訳にはいかないので、オロチはアインズの仕事場である執務室へと向かう。
「――っていうことがあったんですよ。報告が遅くなってしまってすみませんでした」
そしてサラッと、本当にサラッと何でもないとばかりに報告した。
下手に恥ずかしがっていると、意外にアインズはこういったことを積極的に揶揄ってくる人物なのだ。
だから、むしろ堂々としていた方が被害が少なく済むのである。
「ほぅ、そうでしたか。どうやらあの子たちは上手くやったようですね」
オロチの眉がピクリと動く。
「……ずいぶんタイミングが良いとは思っていましたけど、もしかしてアインズさんの入れ知恵ですか?」
「入れ知恵なんてとんでもない。私はオロチさんが帰ってくるタイミングと、ほんの少しだけアドバイスを送っただけですよ」
「ちなみにどんなアドバイスを?」
「オロチさんは戦場から戻ったばかりで滾っているかもしれないから、襲われないように気をつけるんだぞ、と。そういえば、何故かそれを聞いた二人が目をキラキラさせていましたね。私には理由なんてわかりませんでしたけど」
ギルティ。
表情筋など存在しない骨だけの姿でありながら、今のアインズの顔はニヤニヤと歪めていることが一目で分かった。
これはアインズなりの仕返し……いや、恩返しなのだろう。
少し前に強引に彼と配下であるアルベドをくっつけた張本人がオロチなので、同じようなことを自分にされても何も言い返せない。
「……そ、そうですか。いやぁ、日頃お世話になっているアインズさんに、何かプレゼントしたい気分なってきましたよ」
それを意訳すれば『ぶん殴るぞこの野郎』、だ。
「おやおや、それは奇遇ですねオロチさん。丁度、デミウルゴスから貴方に渡して欲しいと渡された物があるのですよ」
そう言ってアインズは自分のストレージからとある大きめの箱を取り出す。
この時点で若干嫌な予感がしているオロチだったが、まさか要らないとも言えず、差し出された箱を素直に受け取った。
「……開けても?」
オロチがそう尋ねると、彼は相変わらずニヤニヤした顔で『どうぞ』と返した。
どこか不穏な空気を感じながらも、恐る恐るその箱の蓋を開けてみる。
そこには――所狭しと詰め込まれたベビーグッズが大量にあった。
引きつりそうになる頬を無理やり抑え込み、なんとか口を開く。
「これはいったいどういう……?」
「今のナザリックは、オロチさんが二人の配下に手を出したことでお祝いムードです。少し気が早い気もしますが、備えあれば憂いなしという言葉もありますしね」
オロチはようやく沈黙した。