アインズにまんまとしてやられたオロチは、トボトボと気落ちしながらナザリックを散歩していた。
先手先手を打たれてしまい、落ち込んだ気分をなんとか変えようとしていたのだ。
「オロチ様! 採れたての新鮮な果物をどうぞっ」
「こちらもどうぞ!」
「これも持っていってくださいっ」
「……ああ、皆んなありがとう」
しかし、オロチがシャルティアとアウラに手を出したことは既にナザリック中に広まっているようで、時折すれ違う配下たちからは次々と祝いの言葉やら供物を贈られる。
これでは気分転換どころか気持ちが休まらない。
配下たちは完全に好意で行なっているので、それを拒絶することもできなかった。
(別に赤ちゃんができたわけでも無いのに、何故こんなにも祝福されているんだ? アインズさんの時はこれほど騒ぎにはならなかっただろうに)
今もドライアード達から抱えきれないほどの果物を受け取り、オロチはそんな疑問を抱いた。
それにはしっかりとした理由がある。
実は昨日の夜の時点で、アインズが大々的にナザリック内で祝福ムードを作り上げていたのだ。
いかんせん閉鎖的なナザリックには娯楽というものが少なく、配下たちが熱中できることは中々見当たらない。
アインズが配下達に行ったとあるアンケートでも、何らかの娯楽を希望する者が多くいた。
なので、シャルティアとアウラがオロチと結ばれたことを一種のお祭りのようにしてしまったのである。
オロチがあずかり知らないところで、ナザリック中がどんちゃん騒ぎしているのだ。
もちろん、それはアインズの指示によって彼には知られないように隠れて行われているのだが、きっとこのまま知らない方が幸せだろう。
「きゅい?」
いつのまにか定位置であるオロチの肩に戻って来ているコンスケ。
昨夜は見事な危機察知能力を見せたのだが、ナザリックを散歩しているとひょっこり戻ってきたのだった。
「相変わらず可愛らしい顔をしやがって……昨日は大変だったんだぞ?」
恨み言の一つや二つ言いたい気分だったが、コンスケの顔を見るとすっかり毒気抜かれてしまう。
何かしらそういったスキルを使っているのではないかと疑うほどである。
「きゅいきゅいっ」
普段よりも少し強めに頭を撫でてやるが、それでもコンスケはそんな声を上げて嬉しそうにしていた。
すると、彼らの元にひとつの人影が近付いていく。
「オロチ様ー、昼食の準備ができたと料理長が言っているっす。お祝いも兼ねているみたいなので、すっごく気合いを入れていたっすよ」
そんな特徴的な話し方でオロチに声をかけたのは、プレアデスのひとりであるルプスレギナだった。
どうやらオロチとコンスケを昼食に呼びに来たようである。
「料理長もか……。まぁ、美味い飯が食えるんなら文句は無いけどさ」
「あ、それとこれを渡すようにユリ姉に言われたっす」
ルプスレギナはそう言ってメイド服のポケットから一枚の紙切れを取り出した。
だが、差し出されたその紙を受け取ったオロチの表情が、徐々になんとも言えない顔に変化していく。
「おい、まさかこれは……」
「私たちプレアデスの心の準備は、いつでもバッチリできているっすよ?」
少し恥ずかしそうに頬を赤く染め、上目遣いで見つめてくる彼女の姿は人外じみた美しさがあった。
ルプスレギナがオロチに手渡した紙に書かれている内容は、簡単に言えば彼女たちプレアデスの勤務表だ。
普段、誰がどういう場所で仕事をしているかが事細かく記されていた。
つまり、これを見ればプレアデスたちの行動が一目瞭然であり、オロチがその気になれば簡単に逢瀬を重ねることができるのである。
それが意味することを想像してしまい、どことなく気恥ずかしくなってしまったオロチは痒くもない頭を掻く。
だが、オロチの目の前にいるメイドはその仕草を見逃さなかった。
「――何なら今ここでシても良いですよ?」
完全に気を抜いていたオロチに近づき、耳元でそう囁いた。
多少照れていたのは演技だったのか、急にその瞳を獲物を見つけた肉食獣のように鋭い視線を向けてくる。
ルプスレギナの突然の豹変ぶりに一瞬面食らってしまい、危うく間の抜けた声が漏れそうになったオロチだったが、このまま慌てふためく姿を見せれば配下どうこう以前に男として舐められる。
それはナザリックの支配者の一人として到底許容できるものではない。
彼女にそんなつもりは無くとも、これはオロチ自身のプライドの問題だった。
「ほぅ、そこまで言うのなら相手をしてもらおうじゃないか」
「……ぇ?」
故に、そんな言葉がオロチの口から飛び出した。
まさか本当に迫られるとは思っていなかったのか、戸惑うルプスレギナを自分の方に抱き寄せ、顔同士が触れてしまうほど近づける。
「ここで相手をしてくれるのだろう? ここならさっき会ったドライアードたちにも音が聞こえてしまうかもしれないが、それがルプスレギナの望みであるのなら叶えよう。例えお前がそんな変態的な性癖を持っていたとしても、俺はそれを含めて受け止めてやる」
ルプスレギナの豹変ぶりが可愛く見えるほど、オロチの雰囲気がガラリと変わる。
見るもの全てを魅了してしまいそうな、男でありながら妖艶という言葉が相応しい笑みを浮かべていた。
「あ、ええと、今ここでっていうのは言葉の綾で、私には至ってノーマルな趣味嗜好しか持っていなくて……オロチ様から求められるのは嬉しいっすけど、初めてはもっとちゃんとした場所が……あうぅぅ」
可哀想なくらい顔を赤く染めて、遂には脳の処理が限界を超えたのか全身の力が抜けて脱力してしまう。
しかし、既にオロチに抱きかかえられているので倒れることはなかった。
「気にするな。どうせすぐに何も考えられなくなるほどメチャクチャにしてやるから、な?」
強気の口調でそう言われてしまえば、もう何も言うことはできない。
求められれば応えるのがメイドとして役目。それに相手は自分が尊敬してやまないオロチである。
色々と理由をつけ、外でそういった行為をする事に自分を納得させていく。
(ああ、ここで私の初めては奪われるんすね……プレアデスの皆んな、一足先に大人の階段を登るっす!)
そんなことを考えながら、ぎゅうっと目を瞑るルプスレギナ。
そこへゆっくりとオロチの顔が近づいていき――
「痛いっす!?」
ペチンッとデコピンをお見舞いした。
覚悟を決めていた分、予想外に訪れた額の痛みに驚く。
「まったく、昼飯に呼ばれているんだろ? 今からそんな事をする訳ないだろうに。これに懲りたら、軽々しくあんな事を言うんじゃないぞ?」
「は、はいっすぅ……」
オロチの腕からようやく解放されたルプスレギナは、安心したような少しガッカリしたような、そんな複雑な気持ちになるのだった。