鬼神と死の支配者76

 ナザリックが誇る最高の料理人である料理長。
 彼が腕を振るった最高のフルコースを堪能したオロチは、アインズにニヤニヤした視線を送られながらも、しっかりと食後のデザートまで楽しんでいた。

 フルコースの高級料理など、荒廃した世界から来た人間からすれば幻の存在である。
 それこそオロチが人間だった頃の食料事情を考えれば、人類の約1パーセントほどしか食べたことが無いだろう。
 もちろん、オロチにもそんな経験は無い。

 基本的には人工的に作られた加工品やサプリメントで栄養を補い、せいぜい極稀に娯楽の一つとして貴重な食材を使った料理を楽しむ程度だった。
 ただ、それでもオロチが食べていた料理でも、フルコースには到底及ばないが庶民には中々手が出せないほどの高級品だ。

 なので、世間一般からすれば十分にオロチも富裕層に片足突っ込んでいるように映るだろう。
 給料がそれなりに多く貰え、休日も十分にあるホワイト企業に勤めているだけで十分に勝ち組なのだから。

「そういえばオロチさん、その後ナーベラルとは何か話したんですか?」

 アインズからそう尋ねられると、パクパクと食べ始めてから止まることの無かったオロチのフォークがピタリと止まる。
 そして、少しだけバツが悪そうに口ごもりながらその問いかけに答えた。

 「……ナーベラルですか。なんかこう、恋人に浮気がバレたような気分になって、まだ話せていないんですよね。別にナーベラルは恋人ではないんですけど」

 オロチにとってナーベラルは恋人という認識ではなかったが、まったく関係ないと言い切ってしまえるほど薄い繋がりでもない。
 冒険者として活動するオロチの傍には常に彼女の姿があったし、何かと精神的な支えになっていたのは事実だからだ。

 エ・ランテルの街にいる住民たちは、既に二人のことをそういう仲なのだと思っている者も少なくなかった。
 ……中にはそれを認めたくない者が男女問わずにいるようだが。

「そうですか。こういう話は私よりもオロチさんの方が分かっていると思いますが、なるべく早く一声掛けてあげてください。 ……一応言っておきますけど、ナザリック内でドロドロの愛憎劇とか嫌ですからね?」

 オロチと彼に取り巻く女性たちが生々しい愛憎劇を繰り広げている様子を想像し、アインズはその恐ろしい光景に身震いした。

 ナザリックの配下たちには天井知らずの忠誠心があるので大丈夫だとは思うが、今の彼女たちは命ある存在なのだ。
 かつてのギルドメンバー曰く、『愛とは生き物を狂わせる劇薬である』だそうなので、アインズはオロチが本当に刺されないかと少しだけ怖くなったのである。
 自分がシャルティアとアウラを嗾けた負い目があるぶん尚更だった。

「前世の価値観で言えば、少なくとも10回くらいは刺されそうな男ですからね、俺。もしも刺されて死んでもちゃんと復活させてください」

 しかし、当のオロチはそんなアインズの心配をよそに、けろっとした態度でそう言い放つ。
 まるでそういう未来が訪れても構わないと言わんばかりだ。

「……勘弁してくださいよ。そういうのはテレビの中だけで十分ですし、そもそもオロチさんは刺されたくらいでは死なないでしょうに」

「シャルティアとアウラが本気で掛かってきたら、俺だってどうなるか分かりませんよ? 向こうもワールドアイテムを装備していますし。……ま、俺もこのままで良いとは思っていないので、今日中にでもナーベラルと会ってちゃんと話してみますよ」

「お願いします、割とマジで」

 神妙な顔つきでそう言うアインズに、オロチは苦笑いをこぼした。

(うーん、アインズさんは本気で心配しているみたいだけど、俺にはあいつらがそんなことをするとは思えないんだよな。楽観的と言えばそれまでだけどさ)

 心配するアインズとは対照的に、オロチはそこまで深刻に考えてはいなかった。

 ナザリックにいる配下たちは、オロチにとって我が子のように可愛い存在だ。
 転移する前のゲーム時代の頃は愛着がある程度だったが、今となっては本当の家族のように思っている。

 この世界に転移してからというもの、オロチはできる限り配下たちとコミュニケーションを取るようにしていた。
 その結果、しっかりと会話ができるのでユグドラシルの時よりも強固な信頼関係が築けていると思っている。

 そもそも、彼女たちはオロチがハーレムを作ることに何の違和感も持っていないのだ。
 なのでオロチがしっかりと全員の相手をしていれば、アインズが想像しているようなドロドロの愛憎劇は起こらないのである。

(とはいえ、だ。いざナーベラルと相対した時、いつも通りの反応を返せるのかは全くの別問題だな)

 内心でそんなことを考えながら、不安げな表情を浮かべるアインズに別れを告げ、ナーベラルの姿を探すためにその場を後にした。

「けっぷ」

 そんな可愛らしいゲップをしたのは、もちろんオロチ……ではなくコンスケだ。
 小さい身体が風船のようにぷっくり膨れるほどまで食べてしまい、今の今まで完全にダウンしていたのである。

「いくら料理長の料理が美味いからって、お前は明らかに食べ過ぎだ。いったいその小さい身体のどこにあんな量が入るんだ?」

「きゅ、きゅぅ……」

 コンスケは苦しそうな声で、『ご、ごめんなさい……』とオロチに向かってひと鳴きした。

「仕方ないから胃薬でも貰いにいくか。少しはマシになるだろう」

「きゅいぃ」

 オロチは呆れた表情を浮かべながらも、コンスケが苦しんでいる姿を見るのは辛いので、そんな言葉を口にした。
 すると一人のメイドが近くに控えていたらしく、すかさず駆け寄ってくる。

「ではこちらをお使いください。コンスケが食べ過ぎることを見越して、あらかじめご用意しておきました」

 そう言ってそのメイドは、胃薬が入っていると思われる袋をオロチに差し出した。

「おお、ありがと――」

 しかし、そのメイドの顔を見た瞬間、オロチの言葉が途中で詰まってしまう。

「どうかされましたか?」

 なぜなら目の前で首を傾げているこのメイドこそが、ちょうどオロチが探していたナーベラル・ガンマであったのだから。

 

   

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