「俺と結婚してくれ」
そんな突然の告白を受けた戦闘メイド『プレアデス』の一人、ナーベラル・ガンマは混乱の極致にいた。
(オ、オ、オロチ様に告白された!? 誰が? 私が!? い、いきなり言われても心の準備が必要で……というか、ただのメイドである私ごときが、至高の存在であるオロチ様と釣り合うわけが――)
もはや一周回って彼女の表情はいつも通りの鉄面皮だが、その内面は嵐のように荒れ狂っている。
心臓がドクドクと血液を過剰に送り出し、今にも目を回して倒れてしまいそうなくらい感情が激しく暴れ回っていた。
嬉しくない訳ではない。
むしろ、オロチからの告白は今すぐ小躍りしたくなるほど彼女の胸に響いている。
ただ、自分はあくまでメイドでしかないのだ。
いくらオロチと共に冒険者として多くの時間を過ごしてきたとしても、階層守護者としての地位に就ているシャルティアやアウラと並ぶことはできない、と彼女は思っていた。
もちろん、オロチやアインズにとっては守護者もプレアデスも変わらず大切な存在であり、そこに格差など有りはしない。
あるとすれば、それはレベルという差だけである。
そして一方で、ナーベラルに愛の告白をしたオロチ自身も、彼女に負けず劣らず頭の中は混乱していた。
(……まてまてまて! 今俺は何を口走った!? 結婚してくれ?……アホか! いったい何を間違えれば告白することになるんだ!!)
オロチには告白などするつもりは微塵も無かった。
物事には順序というものがある。
それとなく彼女の気持ちを聞き出し、その後でゆっくりと時間をかけてお互いの距離を縮めていこうと思っていたのだ。
別にナーベラルを嫌いな訳ではないが、いくらなんでも急に『結婚してください』と言われては相手が困る。
それに加えて、昨夜に別の女性二人と一夜を過ごしている身で告白するなど、彼女はもちろんだがシャルティアとアウラにも失礼だろう。
だが、気づけば何故か自然とそんな言葉が口からこぼれていたのだ。
なんとなく照れているナーベラルを見てドキッとしたオロチは、心の中で半ば反射的に『結婚しよう』と呟いたつもりだった。
しかし、それが自分の意思に反して声に出てしまった、という訳である。
なんとも間の抜けたミスだったが、もはやここまではっきりと言ってしまえば覆すことは難しい。
こうして二人の間に気まずい沈黙が訪れ、そんな中でお互いに見つめ合うという奇妙な空間が出来上がっていた。
もしかすると、側から見れば恋人同士が見つめ合っているようにも見えるかもしれない。
しかし、そんな沈黙を破ったのは――この場にいる筈のない第三者の声だった。
『オロチさん、たった今コキュートスが帰還しました。ただ……やはり碌な情報収集もすることなく正面から戦闘を開始したようで、戦いはこちらが負けてしまったようです。コキュートスが玉座の間で待機しているので、オロチさんにもその場に立ち会ってもらいたい』
頭に響いてきたのは重厚で威圧感のある声、アインズである。
今の奇妙な沈黙を破る良い理由ができたと、オロチはアインズに心の中で感謝した。
「ええ、わかりました。すぐに行きます。――ナーベラル」
「は、はひ!?」
動揺、もしくは緊張によってナーベラルの声が裏返る。
「どうやらコキュートスが帰還したらしい。だが、戦闘自体は敗北という形で幕を下ろしたようだ。今さっきアインズさんからの通信で、俺も呼び出されてしまった。というわけで、返事はまた後で聞かせてくれ」
「わ、わかりました」
「……俺はお前たちに順位を付けるつもりはないが、正式に求婚したのはお前が初めてだ」
「っ!?!?」
オロチはそれだけ言い残し、指輪を使ってその場から転移する。
そこに残されたのは顔を押さえて身体をクネクネさせているメイドと、スヤスヤと眠る小狐だけだった。
◆◆◆
「ハッハッハッハ! 流石はオロチさんですね。いきなり結婚を申し入れるとは、いくらなんでも予想できませんでしたよ。いやぁ、ユグドラシルでもみんなの予想の斜め上をいく人でしたけど、この世界に来てからもそれは健在のようですねぇ。ある意味安心しました」
完全に煽りモードに入っているアインズに対して、オロチは喉まで出かかった『ついこの間まで童貞だったくせに』という言葉を何とか飲み込む。
ドロドロの修羅場が訪れるのではないかと内心恐々としていたアインズだったが、オロチの話を聞けばそんな考えは吹っ飛んでしまったらしい。
ただここで彼を煽り返せば、過去にあった出来事を蒸し返されかねない。それはオロチにとって非常にまずいことだった。
オロチにとって黒歴史とも言える過去をアインズは多く知っている。
ここはグッと堪えることこそ、一番穏便に済む方法なのだ。
「……その話はひとまず置いておきましょう。今は俺のことよりもコキュートスのことでしょう?」
「それもそうですね。ではそろそろ配下たちが全員集まった頃でしょうし、私たち玉座に向かいましょうか」
「コキュートスの失敗はどうするんですか?」
「別にどうもしませんよ。言ってしまえば失った戦力は替えのきくモンスターだけですし、これを機会にしてコキュートスが将として成長する糧となったと考えれば悪くないです」
アインズは子供の成長を願う親のような優しい声でそう告げる。
今回の戦いによって失われた戦力は多い。
しかし、多いだけであって決して大きい訳ではないのだ。
自動でリポップするモンスターと、『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーが創造したNPCでは、圧倒的に後者の方が大切である。
酷いように聞こえるかもしれないが、それはオロチとアインズの共通認識だった。
「コキュートスにはまだまだ足りない部分がありますけど、彼は決して愚者ではない。きっと今回の敗戦によってで大きく成長してくれますよ。さ、行きましょうか」
ナザリックの支配者である二人は、ゆっくりと配下たちが待つ玉座へと歩を進めるのだった。
(あ、そういえばクレマンティーヌの事を聞きそびれたな。……まあいいか)
元NPCたちへの愛情を垣間見させたが、未だに彼女の重要度はさほど高くはないようである。