オロチとアインズが玉座の間に到着すると、既に主だった配下は跪いて待機していた。
その中にはもちろん先の戦いで敗北を喫したコキュートスや、今は少しだけ顔を合わせずらいシャルティアとアウラの姿もある。
そして、アインズは威厳を放つ玉座へどっしりと腰掛け、その右側にオロチ、左側に守護者統括であるアルベドが固めた。
オロチにはナザリックの指示系統を明確にする狙いがあり、敢えてアインズだけを玉座に座らせているのだ。
こうする事でオロチの意思を表明しているとも言える。
「皆、よく集まってくれた。ナザリックのために奔走するお前たちには、私もオロチさんも心から感謝している。まずはそれを労わせてくれ」
「何をおっしゃいますか。我らが慈悲深きお二方に忠誠を誓うのは当然のこと。アインズ様やオロチ様は、何もお気になされることはありません」
「フフフ、デミウルゴスよ。お前が用意した羊皮紙用の皮は、低位のスクロール作成に使用できることがわかった。優秀なお前のことだ。既に安定供給させる手筈は整えているのだろう?」
アインズの質問を予め予期していたかのように、デミウルゴスは
「もちろんでございます。十分な数を捕らえて牧場にて管理しておりますので、ご命令とあらば更に数を増やすことも可能です」
デミウルゴスはアインズに褒められたことを誇らしげに、されど決して嫌味には感じない程度で胸を張る。
スクロール作成は転移後のナザリックにて、早急に解決しなければならない問題のひとつだった。
今までは貯蔵庫にある大量の資源を使って作成していたが、あくまでもそれは有限である。
新たなスクロール作成に使える素材を見つけなければ、いずれナザリックからスクロールが消え失せていただろう。
このナザリックには強力な配下やモンスターが居るとはいえ、戦力の低下は免れない。
それを低位のスクロールだが、新たな素材を発見し、それの安定供給をできるように整えたデミウルゴスの功績は計り知れないものがある。
アインズやオロチはデミウルゴスを手放しで褒めたい気分になった。
「流石はデミウルゴスだ。先を見通す力に関しては、既にお前の創造主であるウルベルトさんと同じくらいありそうだな」
「いえいえ、それは私には過ぎた評価です。ですがアインズ様にお褒めに預かり光栄です」
謙遜こそしているものの、やはり公の場で自分の功績を認められるのはデミウルゴスであっても嬉しいらしく、眼鏡の奥に見える眼球代わりの宝石がキラリと輝いた。
次にアインズが視線を向けたのは、二人の少女。
「シャルティア、そしてアウラよ。お前たちには『おめでとう』という言葉を贈らせてもらおう」
アインズは娘の旅立ちを見送る父のような眼差しを二人に送る。
「あ、ありがとうございますアインズ様……! 念願だったオロチ様と結ばれ、その上アインズ様からお祝いの言葉を頂けるなんて……! これ以上に幸せなことはありません!」
「シャルティアの言う通りです。わたしたちの新たな門出を祝福していただき、ありがとうございます!」
眩しいほど輝いている二人の笑顔に対して、アインズは満足そうに頷いた。
「我が子の成長は嬉しいものだ。ナザリックの未来は明るいな。そうでしょう? オロチさん」
「……ええ、そうですね。自分には勿体ないくらいに良い子たちですし、これからの日々が楽しみですよ」
急に話を振られたオロチは、何とか当たり障りのない言葉を選んで口にする。
二人とは昨夜……というより今朝まで一緒にいたのだ。
未だ気恥ずかしさがオロチの胸に燻っていても無理はない。
いっそのこと開き直ってしまった方が楽になるのだろうが、微かに残った人間としての残滓が邪魔をした。
(ま、別にいいか。どうしようもないことに直面すればアインズさんが助けてくれるだろうし、何よりもシャルティアとアウラが幸せそうだし)
アインズと同様に……いや、それ以上にオロチはこの二人の笑顔に弱い。
以前からそういった傾向はあったのだが、今ではより一層それが強くなっているように感じる。
言い方は正しくないだろうが、オロチにとってこの笑顔こそが天敵と言えるかもしれない。
「そして最後に――コキュートスよ」
「……ハッ」
アインズがコキュートスの名を呼ぶと、この空間の空気が重苦しいものへと変化する。
「あれだけの戦力差がありながら、結果は敗北で終わったようだな?」
「申シ訳ゴザイマセン。リザードマントイウ種族ヲ侮ッテイマシタ。アインズ様カラ貸シ与エラレタ兵士達ヲ失ッテシマイ、言イ訳ノシヨウモアリマセン」
謝罪と事実だけを淡々と話すコキュートスの姿は、まるで断罪を待つ罪人のような印象を受けた。
そして、実際にコキュートスはアインズとオロチから罰を与えられることを望んでいる。
下手に言い訳を重ねて、これ以上至高の存在に失望されることこそ最悪だ。
故にここは潔く自らの失敗を認めて罰を受けることこそ、ナザリックの守護者の一人として自分が取れる最大の忠義であるとコキュートスは考えていた。
しかし、アインズの口から予想外の言葉が飛び出してくる。
「勘違いするな、コキュートスよ。此度の敗戦、私はお前の失態を責めるつもりはない」
「……何故デスカ?」
表情こそ人間のものとは違うので読み取れないが、その声から困惑していることだけは十分に理解できる。
「どのような存在であれ、失敗する。それはこの私もそうだし、隣にいるオロチさんでも失敗することもあるだろう。それに、失敗からしか学べぬこともある。大切なのはこの失敗は次に活かせるかということだ。それがお前にできるか? コキュートス」
「モウ一度機会ヲ与エテ頂ケルノデアレバ、同ジ失敗ハ決シテ繰リ返シマセン!」
自分の失敗を素直に認められる者というのは、以外に少ない。
コキュートスは口数こそ少なかったが、そこに込められていた気持ちの強さは確かだった。
今のコキュートスであれば、おそらく同じだけの戦力を与えても無様に敗北することは無いだろう。
「フフフッ、素晴らしいぞっ! お前がそこまで言うのなら、リザードマンについての一切合切を全て任せる。殲滅でも懐柔でも、ナザリックの利益になる結果であれば文句はない。好きにしろ」
「アリガトウゴザイマス! 必ズヤ御期待二添エルヨウ、全身全霊デ取リ組ミマス!!」
全身から覇気を発するコキュートス。
その姿は単なる武人ではなく、ナザリックの将軍と呼ぶに相応しいものだった。