アインズはリザードマンに対して宣戦布告するため、配下を引き連れてナザリックを出て行った。
ただ、ナザリックの支配者である『アインズ・ウール・ゴウン』が直接自ら足を運ぶのだ。
生半可な戦力を連れて侮られる訳にはいかない。
それこそ、敵であるリザードマンが見ただけで絶望してしまうような軍勢でなければならないだろう。
よって先ほど集まっていたレベル100の守護者たちと、デスナイトを遥かに超える戦闘力を有した上位スケルトンの大軍を従え、リザードマンの湿地帯へのゲートを開いて進軍していった。
その様子はまさしく絶望を振りまく死の軍勢と呼ぶに相応しい。
死の支配者であるアインズが率いるのに、これ以上ないほどピッタリな軍隊だった。
この戦力であれば、リザードマンどころか人間の国程度ならば簡単に落としてしまえるほどである。
(コキュートスが初めて自分の意見を言った戦いだから、できれば直接見届けたかったな……)
だが一方で、もう一人のナザリックの支配者であるオロチは同行していない。
同行したい気持ちはあったのだが、彼は今から竜王国の冒険者組合へビーストマン討伐の報告をしに行かなければならないのだ。
なのでコキュートスの晴れ舞台を見たい親心を押し込め、アインズに魔法で映像を録画してもらう事で何とか自分を納得させたのである。
ちなみに、この件に関して全てを任されたコキュートスは、どうやらリザードマンを殲滅ではなく占領し、彼らを恐怖に頼らない方法で統治するつもりのようだ。
当初の予定では殲滅だったが、アインズにリザードマンの有用性を説くことでナザリックに利益を齎すこと説得したのである。
その事を思い出したオロチは、ニヤケそうになる顔を引き締めた。
なにせ我が子のように思っている配下の成長なのだ。オロチが自分のことの様に喜ぶのも無理はない。
そしてそんなオロチに、ナーベラルが近づき声をかけた。
「オロチ様、作業を担当していたエルダーリッチから、全ての処理が終わったと報告がありました。すぐにでも竜王国へ出発できます」
「そうか。流石に休息が必要ないスケルトンは作業が早いな。数万体の死体から尻尾を切り落とす作業なんて、俺なら気が狂ってしまいそうだ」
回収したビーストマンの死体は、スケルトン達によって尻尾の切り落とし作業が行われていた。
数万にも及ぶビーストマンの死体から尻尾を切り落とすという作業は、オロチが軽く想像しただけでウンザリしてしまうほど過酷なものだ。
しかし、ナザリックには不眠不休で稼動できるスケルトンの存在がある。
いくら数万体の死体でも、一晩あればその全てから尻尾を切り落とすなど容易なことだった。
「クレマンティーヌたちも首を長くして待っているだろうし、さっさと行くか」
「はい、もちろん私もお供いたします」
いつもの感情が見えにくい表情で、しかし声色はどこか弾んでいるようにもオロチは感じた。
そしてメイド姿から冒険者用の装備へ即座に着替えたナーベラルは、腕が触れそうなほどオロチの側に立つ。
それは主人と配下というより、恋人同士の距離感であった。
しかし、その光景は何らおかしいことはない。
「ん? 何か嬉しいことでもあったのか?」
「ええ、とても。オロチ様の隣を歩くという幸せを噛み締めています。今の私は間違いなくナザリックで一番の幸せ者でしょう」
「そ、そうか。そう言われると照れるな」
「フフフ、お慕いしております。オロチ様」
彼らは既に主従の関係ではないのだから。
◆◆◆
竜王国の首都にある宿屋の一室。
そこにはオロチとナーベラルは転移した。
「あー! ご主人様だー! 会いたかった……よ……?」
現れたオロチに元気よく飛び出してきたがクレマンティーヌだったが、オロチとオロチの横にいるナーベラルの距離を視界に捉えると、その元気が徐々に尻すぼみになっていった。
「昨日はずいぶん取り乱していたけど、もう大丈夫みたいだな」
「え? あ、うん。それはもう大丈夫だけど……ご主人様とナーベラルさんって何かあった?」
女性はちょっとした変化に敏感なのか、それともクレマンティーヌが特別なのかは分からないが、彼女はオロチとナーベラルの変化をすぐに気がついたようだ。
「ほぅ、よく分かったな? 俺とナーベラルは婚約することになった。ただ、別に今まで通り変わらないから、あんまり気にしないでいいぞ」
そう言ってオロチはナーベラルを抱き寄せる。
突然のことでナーベラルは取り乱しそうになるが、今まで培ってきた鉄面皮スキルが役に立った。
もっとも、表情はともかく白い肌が真っ赤に染まってはいるので、照れているのは誰が見ても一目瞭然だったのだが。
「むぅぅ……やっぱり一番の敵はナーベラルさんだったか。でも、いずれ私も――」
幸せそうなナーベラルを見たクレマンティーヌは、密かに決意した。
何番目でも構わない。
いっそペットでもなんでも良い。
ナーベラルへ向けている愛情の一割でもいいから自分も愛されてみせる、と。
オロチと出会うまでの彼女は歪んだ精神の持ち主だったが、今はそれが矯正されつつあるのだ。
当然、その歪んだ精神が綺麗に元通りになるなどは有り得ない。
だが確実に良い方向へと向かっていることは確かだった。
「オ、オロチ様。そろそろ冒険者組合が混み出し始める時間です。今のうちに尻尾の提出をしておきませんか?」
「それもそうだな。こうしてナーベラルを抱き寄せている時間の方が惜しいけど」
「オロチ様……」
完全に二人だけの世界を作り始め、お互いを見つめ合うオロチとナーベラル。
このまま行くところまで行ってしまいそうな雰囲気すらあった。
「ね、ねぇ。いくら私でもあからさまに無視されたら傷付くよ?」
二人が作り出す桃色の空間に、経験したことのないドキドキとした不思議な感情が湧き上がってくるが、それに堪らずクレマンティーヌは声を上げる。
「おっと、すまんすまん。じゃあ行こうか。数万体分の尻尾だから報酬もたんまり貰えるだろうし、今日はパァーッと豪遊しようぜ」
この時、オロチたちは感覚が麻痺して気づいていなかった。
自分たちが行ったビーストマン討伐というのは、もはやひとつの戦争を集結させたことと同義であるということを。