「…………は? 申し訳ありません。今なんと?」
オロチと相対しているのは、この街の冒険者組合長であるトルネコ。
この国の冒険者組合に於いて絶大な権力を有している彼は今、少々間の抜けた顔を晒していた、
「ビーストマンの本拠地を壊滅させてきた。壊滅と言っても文字通り一匹残らず仕留めたから、報復としてこの街を大軍に攻められるということは心配ないと思う。各地に散らばっているビーストマンがどう行動するかは、流石に責任取れないけど」
トルネコはオロチの言葉を何度聞いても理解できなかった。
いや、正確に言えば当然理解はできるのだが、その内容があまりに荒唐無稽すぎて信じられなかったのだ。
この国をこれほど窮地に追い込んでいるビーストマンを、僅か一日やそこらで殲滅したという話を信じろと言う方が無理がある。
ただ、目の前の人物が嘘をついているようにも見えず、しかし内容が内容なだけに簡単に信じられない。
組合長として対人スキルは人並み以上に心得ている。
そんな自分の目から見たオロチは、ここで嘘をつくような愚物には思えなかったのだ。
トルネコにできるのは視線をオロチの仲間たち――ナーベラルやクレマンティーヌに視線を向けることくらいだった。
「そりゃ、いきなり言われても信じられないか。じゃあこれでどうだ?」
そう言ってオロチは所持していた袋の中へ無造作に手を突っ込む。
そしてビーストマンの尻尾を数本鷲掴みにし、それを机の上に乱雑に放り投げた。
「な!? これはビーストマンの尻尾! まさか本当に……?」
「まだまだ出せるぞ。ほれ」
オロチはその小さな袋から次々と尻尾を取り出していく。
呆気に取られたトルネコがまだ自分の疑っていると思い込み、信じるまで出し続けようという腹づもりだった。
「も、もう結構ですから! あなた方がビーストマンを殲滅したという話は信じます!!」
トルネコは机から今にもこぼれ落ちそうな大量の尻尾に顔を引きつらせながらも、これ以上出されては敵わないと慌ててオロチを止める。
今出された尻尾だけでも百近い数があった。
「そうか? でも確かにこの机にはこれ以上出せないな」
「そういう問題ではありませんが……一応聞いておくと、その袋にはどの程度入っているのですか?」
「正確な数は分からないけど、数万体分の尻尾が入っているぞ」
「す、数万、ですか。いや、まぁ、本拠地にいたビーストマンの数であれば、そのくらいはいるはずですよね……」
驚きを通り越し、もはやトルネコの顔には呆れすら浮かんでいた。
実際彼の心の中では、オロチたちは馬鹿なのだろうか?という疑問が頭をチラついている。
ビーストマンの本拠地を襲撃するなど、正真正銘の馬鹿がすることだ。
ゴブリンの住処を襲うのとは訳が違う。
どれほど自分の力に自信があろうとも常人であれば決して真似はしない……いや、できないことなのだから。
それを直接声に出していないだけ、トルネコはまともな精神をしていると言える。
「ナーベラル、確か報酬の支払いは尻尾一本でいくらだった?」
「はい、私の記憶が正しければビーストマンの尻尾一本につき銀貨10枚です。大雑把に計算しても合計で銀貨数十万枚。金貨1枚で銀貨100枚分なので、金貨にすると数千枚となります。そこから白金貨に換算すれば数百枚ですね」
今まで驚きで報酬にまで頭が回っていなかったトルネコだったが、そのあまりにも大きな金額に顔を青ざめさせる。
ツラツラと言葉を吐いたナーベラルとはひどく対照的だった。
「……分割払いにしても?」
「ああ、別に構わないぞ。俺たちは金に困っている訳でもないしな。何なら支払いは金じゃなくても、俺が納得すれば別の何かでも良いぞ。もちろん報酬分はきっちり徴収するけど」
「それは助かります。一度にそれほどの大金は用意できませんし、物品などで補えるのであれば尚更有り難い。あなた方はこの国の英雄なのですから、決して悪いようには致しませんよ」
トルネコが口にした言葉は紛れもない本心だった。
オロチたちはこの国を救った恩人であり、長らく続いたビーストマンとの戦争を終結させた英雄だ。
そんな彼らに対して最大限の便宜を図ることは、冒険者組合長として当然の事である。
「そういえば、これで俺がこの国の王様になれるんだっけ?」
「ええ、おそらくは。ただ事実確認でしばらくの時間が必要になるでしょう。冒険者組合側からも口添えしてみますが、それでも数ヶ月くらいは掛かると見ておいた方が良いですね。何せ土地や爵位を与えるのではなく、女王と夫婦の契りを交わして国王になるのですから」
「改めて言われても実感が湧かないな。あ、そういえばアダマンタイト級冒険者のセラなんとか君はどうなった? すっかり忘れていたけど、一応勝負していただろう?」
オロチはふと、とある冒険者のことを尋ねた。
今回の件の発端となった人物――冒険者セラブレイト。
オロチが竜王国に居ることが気に入らないセラブレイトと、オロチのチームはビーストマンの討伐数で勝負することになっていた。
オロチにとっては取るに足らない相手なのですっかり忘却していたが、この場が冒険者組合という事もあってかようやく思い出す。
「彼のチームは未だビーストマンを討伐中です。ですが、当然オロチ様の記録に並ぶことは物理的に不可能なので、この時点でオロチ様の勝利ですよ。なので勝利報酬である金貨10枚もしっかりと加算しておきます。……まぁ、全体で見れば雀の涙ほどですがね」
「雀の涙だったとしても、貰えるもんは有り難く貰っておくさ。とりあえずこの袋はアンタを信用して預けるから、正確な数はそっちで数えてくれ。ただ、追加報酬の金貨10枚は今すぐに受け取りたいな」
「ええ、わかりました。すぐに用意させますので、帰りにこの紙を受付に渡してください」
トルネコは手元にあった紙にササッとペンを走らせ、それをオロチに手渡した。
話の流れから察するに、これを一階の受付に渡せばお金を受け取れるのだろう。
「礼を言う、トルネコ殿。俺が国王になっても、冒険者組合とは仲良くしたいもんだな」
「フフフ、こちらこそそれは願ったり叶ったりですよ。王宮の方には私の方から報告しておきます。数日中にオロチ様の元に王宮からの使者が訪ねてくるはずです。オロチ様たちが宿泊しているのは以前私が紹介した宿で宜しいですか?」
「ああ、その宿で間違いない」
トルネコは椅子から立ち上がり、そしてオロチたちに向かって深々と頭を下げた。
「この街……いえ、この国を救っていただきありがとうございます。きっとあなた方は末代まで称えられることでしょう」
純粋な気持ちで褒められれば悪い気はしない。
それはオロチはもちろん、ナーベラルや仮面をつけているクレマンティーヌことタマも例外ではなかった。
なお、オロチが納品したビーストマンの尻尾は集計の結果46327本だったらしい。
そしてその集計作業を行った職員たちは皆一様に毎晩悪夢に魘されるようになり、トルネコから一週間の有給休暇が与えられたという。